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2F/当番ノート

悲しみのさきにあるもの

第41期(2018年10月-11月)

知り合いのダンサーが引退したと聞いた。

まだ30代になったばかりだったと思うけれど、身体が持たないらしい。

彼はバレエの先生になると聞いた。

それを悲しそうに話したらしい。

悲しみのさきに 幸せがあるのだろうと友人が言った。

人生とはなんだろう

悲しいこと 残念なこと 嬉しいこと 楽しいこと そのさき

そのさき

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ウィーンからブカレストへの電車の中より 

合田 紗希

合田 紗希

倉敷市出身  
ルーマニア黒海近くの劇場でバレエを踊っています。
ビールとcafeと海が好きです。

Reviewed by
moto

"悲しみのさきに 幸せがあるのだろうと友人が言った。
人生とはなんだろう
悲しいこと 残念なこと 嬉しいこと 楽しいこと そのさき"

エレファントカシマシの「悲しみの果て」という歌が好きだ。
本当に悲しいことがあった時には、とても聴く気分にはなれなかった。悲しみの果てに何があるかなんて、考えたくもなかったから。

人は時に、悲しみを糧にしか生きられない時がある。その状態の人にとって、悲しみを奪われることは、存在を見失うことと同じくらい耐え難いことだ。

そしてそれが過ぎ去ると、世界を崩壊させるほどの強度を持った悲しみでさえ風化してしまうということに、今度はもどかしいような、納得のいかない虚無感のようなものを覚えたりする。

結局のところ人生なんて、雪が降るようなものだと思っている。雨と言わないのは、雪の方が綺麗だからだ。

僕は悲しみの先に幸せがあるとは思わない。幸せこそ、あまりに弱々しくて、恐ろしい。全ては過ぎ去っていくもので、不確かなものだ。実は悲しみの方が、拠り所にする上では確かなものだったりする。

バレエを諦めたその友人は、諦めたという悲しみをこれからの人生の下地にするかも知れない。それはもしかしたら、何かを成し遂げた者がその幸せを拠り所にして生きるよりも、生きやすいかも知れない。

そんなことは誰にも分からない。

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