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2F/当番ノート

モノクロの景色

当番ノート 第42期

先週の土曜日、朝の8時頃にヘルシンキの中央バスターミナルに着いた。眠かった。ターミナルにあるキオスクの前から、朝ごはんを食べている友達のマリ*を見つけた。もう一人の友達、ロッタは、バスの出発時間より5分前に急いでやって来た。私たち三人は高校の同級生で、クオピオと言う東フィンランドの都市へ向かおうとした。二年前にもう一人のクラスメートハンナが、その都市へ引っ越したのだ。

私にとってクオピオへ行くのは初めてで、どんな町なのかよくわからなかった。その名物はカラクッコと言う不思議な食べ物だということだけは知っていた。カラクッコは、パンなのかパイなのかよくわからない。ライ麦粉の生地の中に、薄切りにした豚ばら肉とムイックと言う魚(日本語でモトコクチマスと言うらしい)が入っている料理である。オーブンで7時間ぐらい焼かないといけないので、決してファスト・フードではない。

ハンナがクオピオへ引っ越したのは、ヘルシンキにおける家賃をはじめとする物価の高さもあったが、クオピオ大学の医学部がフィンランドの医学部の中で一番入りやすいからだった。彼女は既にファッション・デザインの分野から学士を持っているが、ファッション界に飽きてから医者を目指し始めた。

ヘルシンキからクオピオまでは、バスで5時間半ぐらいかかる。途中で、窓の外は雪に覆われたトウヒの木しか見えない所が多い。一旦寝てしまうと、また起きたら同じような景色が見える可能性が高い。曇りの日、こんな景色はほとんどモノクロに見える。それは何故か落ち着く。

ようやくクオピオに着くと、ハンナと彼氏のヤリがバスターミナルの前で待っている。10月にヘルシンキで会ってから、二人ともあまり変わっていない。ハンナの髪の毛は短く切ってあり、左手は支持包帯に支えらている。5人でハンナが勧めるクオピオの市場にあるカフェへ向かって歩き出すと、ハンナの左足も、やはりちゃんと動かない。ゆっくり歩きながらみんなの近況について話すが、ハンナの病気については誰も何も言わない。

彼女は2016年の終わり頃、悪性脳ガンと診断された。診断から間も無く手術を受けたが、腫瘍を完全に排除することは不可能だった。その後は抗がん剤治療や放射線治療など様々な医療を受けているが、左側の手足のコントロールが一年前にやや難しくなり、その状態は未だに変わっていない。悪化もしていないが、治ってもいない。それでも彼女は医学部を目指し続けて、入試に既に三回トライした。

ハンナのお気に入りカフェは、特におしゃれではないが、プッラ(フィンランドのお菓子パン)は確かに美味しいし、確かにヘルシンキよりずっと安い。カフェの外にある市場は夏だったら賑やかだろうが、冬はほとんど空っぽと言っていいぐらい誰もいない。クオピオのアイスホッケーチームのファン達は黄色黒の服装で市場を渡り、スタジアムへ向かっている。

クオピオはヘルシンキよりも寒いので、ハンナの家でピザを作って、映画を観ることにする。私は寒がり屋なので、クオピオは初めてだが、それで全然構わない。結局映画は一本だけではなく、三本も観ることになる。

日曜日の朝は、朝ご飯を食べてからまたバスターミナルへ向かわないといけない。私たちがクオピオにいる間は特に深い話何もしていないが、これでもハンナのためになるのかな。ただ一緒にいて、ピザを食べて、同じ映画を笑って。それだけで何らかの意味があるのかな。次いつ会うのがわからないし、彼女はその時どんな状態なのかわからない。今年の春こそ、医学部に入学できるといいね。

クオピオを出ると、私はまたバスの窓から雪に覆われた田舎の景色をぼーっと見ている。それはモノクロに見えるが、モノクロではない。

*名前は全て仮名。

アンニ

アンニ

1985年フィンランド生まれ。プログラマー。

Reviewed by
岡田 育

フィンランドのアンニさんから届く連載、今回が最終回。ヘルシンキから五時間半、初めて訪れる土地クオピオで旧友と再会するお話です。アルゼンチンから故郷へ戻ったアンニさんと、病に冒されながらもファッションデザインの世界から医学を志して勉強するお友達。次の再会がいつになり、そのときお互いがどうなっているか誰にもわからないけれど、からっぽの冬の街で過ごすあたたかい時間は、いつも未来へ向かって流れていきます。

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