わたしはあなたが朽ちていく生き物だということを許せない
許せないというのは愛せないことに似ている
わたしの中にある渦みたいな血の塊
毎月毎月排泄される
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「わたしを貶めないでください」
「わたしを壊さないでください」
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愛せない匂いというものがあります
甘いハニーミルク
頭皮の香り
熱されたアスファルト
燃やされた髪
そんなものたちも逆さまから見たら愛されるべきものなのかもしれない
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「可愛い可愛い、あなたは若々しく美しい」言われた瞬間から歳をとるのが怖くなりました。老いることが恐ろしくなりました。動物園のパンダはいつまで経ってもシロクロのぬいぐるみのようだから可愛くって愛せる。冷たい水を体に取り込むと心臓がぶるぶる震えてわたしが新鮮じゃないことを証明する。
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「あなたを憎まないでください」
「あなたをかき乱さないでください」
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わたしを変えて欲しかった
許せないもの愛せないもの宇宙のすべてを
覆してみんな大好きでいとおしいって
新しいウィルスを打ち込んで欲しかった
新鮮でなくとも老いていても
あなたは許されていると。
醜いことがばれないように顔中を覆う
マスクサングラスニット帽
引き延ばされたビデオのフィルム
もう全部懐かしく朽ち果てたものだねって
笑って。
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自分が死んでいくことは納得が出来るのに、好きな人が死んでしまうことが許せない。同じ人間ではないのだから、どちらかがきっと先に死ぬし、どちらかは必ず残される。そのことがどうしたってかなしい。
「わたしより先に死なないでね。」ってあの日の言葉が強い呪いであってほしい。
年齢を重ねるたび、自分の感覚が鈍くなっているような気がする。少しずつ忘れていくもの、薄れていくもの、以前とても恐ろしかったことにさえ何とも思わなくなっていく。日にち薬とはこのことなのかと思う。許せることもあるし未だに許せないことも許されないこともあるけれど、少しずつ凪るように静かになる感情の波が、たまにひどく渇く。
きっと、生き続けていく過程でひとはたくさんの記憶や経験を更新し続けていかなければならないのだと思う。大人はこどもであったことをは忘れてしまうけれど、それは大人の社会生活に適応するための更新作業なのかもしれない。そのうち、わたしはまた別の何かに適するために、わたし自身を忘れてしまうかもしれない。だからこそ。
わたしより先に死なないでね。