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2F/当番ノート

うつくしい日々

当番ノート 第49期


うつくしいものだけが子どもを産める世界であなたがわたしに口付けをする

うつくしいものだけが生命維持を許される世界でわたしはあなたにメスを当てて二重のまぶたを作り上げる

うつくしいものだけが溢れた街中でわたしは皆と同じに見えるようおんなじワンピースをきて回転する

わたしはあなたを殺めました

それは裕福で幸福であっただろう時間だとか年齢だとか若さだとか知識とか知性とか理性とか本能とか性欲とか前向きな心とかありとあらゆる人間らしいと言われるもの

切り裂いたまぶたの線の中を広げて弄ってそこから根こそぎ引き抜いてぬらぬらひかる

うつくしいものだけが許される世界で

ぬらぬらしたあなた

爪で弾くとぶりんぶりん揺れて塀の上の卵ちゃん落ちて壊れて泣いちゃった

看護婦のわたしは這いつくばって

四つ足のおおかみ舌先だけで泣いてるあなた宥めてあげる

わたしが毎月排出する血液はレバーの塊、卵のない床の間、生ゴミですねって燃やされる

しらけた春は爆竹に打たれて夏が来る

ほらあなた、全部忘れて

うつくしくなりました

世の中のいろんなことが揺らめいていて、それでも初春の花は美しく咲き、その当たり前の生命のサイクルと自然の強さ、わたしたち人間の生活がたとえどんなものであっても花が咲くということに少しだけこわさを感じています。

わたしは満開の桜が未だに怖く、近くで楽しむということが苦手です。うつくしいと思うのですが、遠くから眺めるのが一番好きです。

このこわさの理由は昔読んだ本の有名な一説『桜の木の下には屍体が埋まっている』というのに強い衝撃を受けたせいかもしれません。

けれど、この『うつくしい、けれどこわい』という感覚は、顔の整った方にお会いしたときや、素晴らしいお洋服に出会ったときなども同じように起こるのです。

うつくしさと恐怖は意外と近くにある感情なのかもしれません。

季節外れの雪が降っております。

これが公開される日が温かな日でありますように。

宇禰 日和

宇禰 日和

春生まれ。
10代で写真家の作品モデルを経験し、その後も様々な作家のモデルを務める。詩を書く。

Reviewed by
Leiko Dairokuno

宇禰さんの詩の連載も、残すところあと2回です。寂しい。
今回のタイトルは『うつくしい日々』。

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冬の湖の絶対的な静けさや、春の開花の狂ったような暴走。
人がもっとも心揺さぶられるのは、圧倒的な対象を前にしたときなのかもしれない。

そう、圧倒的に美しいもの観た時の衝動。畏怖。それから憧れ。
初めてニコラ・ド・スタールの巨大な遺作を前にしたとき、私は確かに動けなくなった。
真っ赤な画面に、漆黒のグランドピアノ、そして黄茶色のコントラバスが横たわっている、描きかけの遺作。作家は妻と愛人の間で揺れて、結局飛び降りて死んでしまった。
あの絵との出逢いが、私の美術に関わる第一歩だったと思う。幼い頃から数えきれないほどの絵を観て育ったけれども、ニコラ・ド・スタールほど強い衝撃を受けたのは初めてだった。稲妻に打たれたような。
多分、そこにある「死」に、囚われてしまったのだ。

私は穏やかで優しい、知的でひそやかなものが好きだ。うっとりするような、眺めていて心がつやつやふかふかするような、妖精の祝福を感じるような。それにも関わらず、有無を言わさぬ暴力的な美の衝動に捕まってしまうことがある。「美」は侮れない。簡単には生かしてくれない。美しさと対峙するにも、美しさを手に入れるにも、きちんと覚悟しなければ。

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