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2F/当番ノート

閑話休題的な、緩やかに街を走り続けるふたりの話:ある土曜日のこと05

当番ノート 第50期

「やぁやぁ」

今日も自転車を走らせながら、珈琲店の前をやっちゃんが駆け抜けていく。

すぐ近くにある魚勝という歴史ある料亭で働く、妖精みたいなおじいちゃん。

通り過ぎるときに必ず手を振ってくれるので、こちらも手を振り返すのがお約束の日課だ。

やっちゃんはこの街の守り神のような存在で、毎日のように自転車で街中をぐるぐる走り回っている。

おそらくは仕事で駆け回っているのだが、自転車のカゴはいつも空だし、特に急いでいる様子もないので、何をしているのかは実際わからない。

もしかしたら、ただ風を感じているだけなのかもしれないし。

それでもやっちゃんは、今日も街を走り続ける。


そんな守り神のいるこの街には、節分の文化が残っていて、その日になると鬼がお店に訪ねてきてくれる。

このクオリティである。

そんな懐かしさもこの街を好きな理由の一つなのだけど、その時にやっちゃんは福の神役で鬼の後をついて回る。

やっちゃんのためにあるようなハマり役なのだが、着物に何故かお気に入りのキャップを斜め被りで合わせてしまう。

やっちゃんはお返しにお菓子をもらって、嬉しそうに帰っていった。

ある年の瀬の日に、やっちゃんが自転車から初めて降りて、お店の窓をコンコンとノックした。

「みてこれみて!」

差し出されたくしゃくしゃの紙には、年末の紅白歌合戦の全出場者リストが、やっちゃんの手書きで書かれていた。

今朝の新聞を見て、みんなにそれを知らせるために、わざわざ時間をかけて書き写して来てくれたのだ。

「あー五木ひろし!ここ坂本冬美!」

リストの中に知っている名前を見つけては、指を差しながら嬉しそうに教えてくれる。

やっちゃんは紅白歌合戦が楽しみで楽しみで仕方ないのだ。

「えぇと、これは…?」

やっちゃんの指がAKBという見慣れない文字列の上で止まり、不思議そうに首を傾げていた。

出場者の共有が終わると、やっちゃんは満足そうに手を振って、また自転車で街に繰り出していった。また次の誰かに伝えに行くのだろう。

やっちゃんのおかげで、街中の人がいつもより少しだけ、紅白歌合戦が楽しみになった。

****

商店街で100年以上続く河野新聞の河野さんは、毎晩12時頃から仕事を始め、新聞の仕分けをした後に、夜が明ける前にバイクで配達に向かう。

なんと睡眠時間は、毎日3時間ほど。

「仕事が生きがいなのよ」

そんな暮らしをずっと積み重ねてきたから、この時間が人生で欠かせないものになっている。

今日もバイクを走らせ、まだ暗い街に新聞を届けている。


そんな河野さんとは、昨年つくった逗子の写真集のようなガイドブック「雑誌逗子」で、取材をしたご縁で良くしていただいている。

1年をかけて全てフィルムで逗子の街や人を撮りおろした、逗子がきっと好きになる雑誌。

その雑誌逗子の別ページで、河野さんのお孫さんが偶然写っていたという。それも、河野さんは全く気づかず、お友達が気づいて河野さんに教えてくれた。

「河野さん、この子お孫さんじゃない?」

「あら、ほんとだ。よく見たら孫だわこの子」

そこに写っていたのは、お祭りで浴衣を着て、恥ずかしそうにこちらを見る男の子。奇跡的に、河野さんとお孫さんが雑誌逗子で共演を果たしていたのだ。

孫の顔をずっと愛おしそうに見つめ、嬉しそうな河野さん。時代を超えてこんな場所で巡り会う2人に、こちらも心にじんわりと優しい気持ちが広がる。

「でも、よく10年も前の写真が残ってたわねぇ」

河野さんのその一言で、あっけなく感動のエピソードは無に消えた。いやいや河野さん、雑誌逗子の写真は去年全て撮りおろしたものです。

「あら、よく見たら孫じゃないじゃない」

孫の顔を見間違えてしまう河野さんは、軽快にケラケラと笑っていた。

こんな風に、この街ではいつでもみんな笑っている。長く街で生きてきた河野さんたちがつくってくれている、この街のゆるさが好きだ。


しかし、そんな河野さんも例外ではなく、最近のコロナの影響を受けているという。

「もう大変で困っちゃうのよ。配達にも行けないし」

河野新聞始まって以来かもしれない難しい状況を受けて、最近の河野新聞には筆で一筆、格言のようなもの書かれ飾られるようになった。

どういう意味なのか、こんなことが書かれている。


『おむすびは母の味』


今日も緩やかに街を走り続けるふたり。どこかで自転車とバイクがすれ違う。

やっちゃんも河野さんも、ただただ長生きしてね。

kengo.shoji

kengo.shoji

逗子・葉山を拠点に活動している夫婦が営む編集社「アンドサタデー」共同代表。土曜日のようにゆるやかなイラストレーション、写真、デザイン、場づくりという表現を通した編集で、誰かの想いを叶えるお手伝いをしたり、自分たちの想いを形にしています。土曜日だけ開店する「アンドサタデー珈琲店」に、ぜひ遊びに来てください。

Reviewed by
ヨシモトモモエ

逗子の、土曜日だけの珈琲店。外出自粛の今だけれど、この記事を拝読した瞬間、私の気持ちはすっかり逗子にいってしまった。やっちゃんと河野さんに会った話をさっそく誰かにしたくなってしまった。あぁ。

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