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2F/当番ノート

#1 山田さんのはなし

当番ノート 第51期


東京砂漠は過酷だ。


自分で選んだ道で生きていくため「仕事」という大波で溺れそうになりながら、息継ぎする間も無く1日が過ぎていく。
いつものように終電後にタクシーに乗って、家の近くのコンビニで降りる。
明日からも武装していくための『チョコラBB』を買うために。

いつしか深夜のコンビニがルーティンになっていたとき、必ず山田さんはレジに立っていた。
「いらっしゃいませー」という抑揚のない声、一度も合うことがない目線。
無表情の接客とは裏腹に、お釣りを丁寧に手のひらに乗せる。
今日はそんな山田さんについて考えてみようと思う。



24時に出社して7時間労働、休憩含め朝8時まで働くのだろうか。
たまに酔っ払ってお酒を買いに来る若者たちや、早朝菓子パンと牛乳を買いにくる作業服を着た中年の人たちが来るけども、忙しくなることは滅多にない。

山田さんは、朝日が登るタイミングで必ず休憩をするのだろう。
日が出たらあと半分と、Youtubeを見ながら熱いブラックコーヒーでも飲むのだろう。
タバコは吸わない、酒も飲まない。

帰ったら、水槽にいる熱帯魚に餌をやる。それからシャワーを浴びる。
清潔に洗ったバスタオルで拭いたら、バスタオルを頭に乗せながらカーテンを閉めたまま朝のワイドショーを見て、地方の犬や猫の映像を眺める。
そして、布団でゆっくりと眠るのだろう。


山田さんの職業はコンビニ店員だ。


いままで務めていた会社は、上司に濡れ衣を着せられることによって言い訳もする余地のないまま退職に追い込まれた。ただそれは山田さんにとっても好都合だった。

声が大きく正義感の強い上司は、なんだか波長が合わなかった。今日は家に帰って南蛮漬けを作ろうと思っていたのに、上司に「山田くん、付き合ってくれよ、1杯だけでいいから」と言われ、終電の時間まで自分の過去の栄光話を聞かされる羽目になったこともある。

ありきたりな上司のパワハラで、毎日気疲れが溜まっていき、自分はなんのために仕事をしているのかと考えるようになっていた矢先で、上司がミスを自分になすりつけてきた。これで会社を辞める理由ができた、とホッとした山田さんは、あっけなく会社を辞めたのだった。

人が多い場所で、せわしなく動くことは疲れた。これからどう生きていこうか、毎日Youtubeでゾウやライオンを見ている自分に気がつく。

「ああそうか、動物と過ごす時間は人と話さなくてもいいのか」



深夜のコンビニで、山田さんがぶっきらぼうだけど優しい接客をしてくれると、なんだか安心する。

飼育員もいいけどさ、もう少しここにいてもいいんじゃない?

ばりこ

ばりこ

日々、コンクリートジャングルをどう乗り越えて快適な暮らしをつくれるか考えながら生きていているOLです。

Reviewed by
haikei

わたしの知らない「どこかの誰か」にも物語は存在する。それは誰かにとっての「どこかの誰か」であるわたしたちも同じこと。ばりこさんの物語はそんな「どこかの誰か」の物語。その人はわたしたちの近くにいるかもしれないし、その人はわたしなのかもしれない。この物語を読んだあと、わたしも近所のコンビニでレジを打ってくれた人の名札を見た。内藤さんだった。「どこかの誰か」は内藤さんになり、内藤のことを考えながら、家に戻った。

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