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2F/当番ノート

絵を描きはじめていた

当番ノート 第51期

絵を描きはじめていた。そのきっかけは突然だった。

役者をやろうと意気込んで、家と仕事まで変えて入学した学校を辞めて、

手元に何もない、空っぽになった自分のもとに

まるでどこかの誰かが絵筆を渡しに舞い降りてきてくれたような感じだった。


ある平日の夜、友達に渋谷でワインを飲みながら楽しむアートナイトイベントがあるから参加しないかと誘われた。

てっきり映画か何かを鑑賞しながらワインを飲むようなイベントを想像していたら、

ワイングラスとキャンバスと筆を渡されて「さぁ自由に絵を描いてみよう!」というイベントだった。

高校生ぶりに目にする絵の具と、初めて目にする真っ白なキャンバスたち。


その時、ちょうど自分は何も持っていない、まっさらな状態だったからこそ、

自由に描こうというその呼びかけに、思い切って乗ってしまおうと思った。

前に並べられていたキャンバスのうち、自分の上半身くらいある一番大きなキャンバスを手に取る。

机の上には、有名な絵画や綺麗なイラストがプリントされた紙が並んでいて、これをそのまま描いてもいいし、

自分で描きたいものがあれば、それを描いてもいいと言われた。


自分は何を描きたいんだろう。

目の前に並んだ他の人が描いた絵はどれも綺麗だったけれど、

どれも今自分が描きたいものではないと思った。


色々を経て、ここまで辿り着いた、今の自分の心境。

それを描きたいと思った。



まっさらな空。

緑色の大地で陽の光を浴びつつ、自分の心を自由に解き放ちたい。

真っ白なキャンバスに、鮮やかな色を塗り重ねていくように。



描いていて不思議だった。


描いているのは自分なのに、

自分の知らない何かが、自分を通して出てきている感じだった。



気持ちよかった。

夢中になって描いていた。


うんうんと唸りながら頭を使っていた状態から解放されて、

直感で、感覚で何かを表していくのって、こんなに開放感があって楽しいんだと気づく。

子どもに戻ったような感覚だった。


そのイベントの参加者は、私のように学校の授業以来という絵の初心者が多くて、

みんな久しぶりのお絵描きに戸惑いながらも、新鮮な感じで絵に臨んでいた。

何の枠組みも否定もなく、伸び伸びとした表現空間って、なんてみずみずしくて素晴らしいんだろう。


あっという間に2時間が過ぎた。


この直感で表現をしていく感覚は、なんなんだろう。

絵を描くこと、というより、絵を描いて何か埋もれていた自分の何かが引き出されていくような感覚が新しかった。


絵を描くことのイメージが180度変わった。

上手に絵を描かなければならない。

何か明確に意味を持った形あるものを描かなければならない。

そう思い込んでいた。


絵を描くって、なんなんだろう。

その不思議な行為は、空っぽだった私の心に気づくとすっと入り込んできていた。

yuka

yuka

3年前、鎌倉への憧れから、当番ノートで鎌倉旅について綴りました。
そして今、山と緑の多い北鎌倉で暮らしはじめました。
今回は鎌倉に移り住むまでのこと、北鎌倉での暮らしなどについて書いていきたいと思います。

2017年当番ノート『群青色の街』
https://apartment-home.net/author/anny/

Reviewed by
中西須瑞化(藤宮ニア)

>絵を描くって、なんなんだろう。
この一言がすべてのような気がした、今週の当番ノート。

ちょうど最近、音楽をやっていた知り合いが、CDやアンプを手放したと言っていた。
魂を売ったのだと、彼は言う。
けれどわたしは、その人は新しい魂を手に入れるためのお浄をしているんじゃないかと思った。

空白になったとき、人はとてもうつくしくなる。
それは、何かに導かれていく準備なんじゃないかとも思うのだ。

絵に出会った時のyukaさんもまた、きっと、とても美しかったに違いない。

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