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2F/当番ノート

優雅な高楊枝というアロマテラピー

当番ノート 第55期

武士は食わねど高楊枝とは見栄を張りやせ我慢している時に使う言葉だが、私にとってのアロマテラピーがちょうどこれに該当する。高校卒業した後に始めたので、もう8年の間私の大きな味方になってくれている大事な趣味が香りだ。

とにかくアロマオイルは高い。比較的安い柑橘系などの精油でも、一本600円はする。正直同じ値段で3日分のタンパク質が買える、などと猛スピードで算盤を弾いてしまう。生活保護を受給しはじめてからはなかなかどーんと入荷できない日々が続いているので、金に糸目をつけない温室育ちの財布で集めた時代のものを大事に大事に使っている。

加湿器ポットに垂らして芳香浴をしたり、ハンカチにつけて持ち歩いたり、気分が簡単に華やいでくれるからありがたく、なくてはならないものになっている。むしろ恵まれていた実家時代よりも精神・経済的にも苦しい今の方が、植物の力に支えられていると言ってもいい。にもかかわらず、入手しづらくなってしまって切ない。

香水やルームスプレーはもちろん、石鹸やハンドクリーム、リップクリーム、バスボム、化粧水や乳液までハンドクラフトで作れる。凝り出したらきりがない、随分高尚な道楽だと自分でも思うが、好きなのだ。友人をイメージしながらオリジナルの香水を調香したり、手が荒れやすい恋人にシアバターのハンドクリームを作ったり、自分で使うだけではなく、普段お世話になっている人に贈るプレゼントとしても重宝するし、喜ばれて嬉しい。

手作りできるものの中でも一番気に入っているのがアロマ香水で、一滴加えるだけでも香りの彩りや趣きが変化し、奥深い。一回、友人を招いて香水を作るワークショップをした時は、それぞれが手に取る精油に個性が出ていてとても面白かった。

一見可愛らしい雰囲気やおしゃれさに先行したイメージから、フローラル系が好みなのかなと思っていた友人が、ジェンダーレスかつ洗練されたウッディハーブ調の香りがお気に入りだったりする。よく考えてみると、彼女はフェミニズムに造詣が深く、おしゃれといっても都会的でシャープなファッショナブルさが魅力だ。見かけのイメージよりも奥底の本心が出るのが香りの好みなのだと思う。

私の選ぶ2本はライムとベルガモットだ。お酒によく合うような明るさがあるジューシーなライムは、楽観的かつ涼しげで、物事から距離を取る見方ができるようになる印象がある。一方で、アールグレイの香り付けにも使われるベルガモットは、少しスパイシーであたたかみがあり、今の状況をありのまま肯定してくれるような包容力がある香りだ。昔は個性的な香りや、むせ返るくらいの甘さを好んでいたのだが、いつのまにかヘルシーに力付けられる柑橘系ばかり嗅ぐようになった。

前回の連載執筆時の私の心はズタボロだった。紙のノートに気持ちを書き殴ったり、人に相談したり、情報収集したり、とにかく行動あるのみだと邁進した結果、そこから随分と立ち直った。私の場合だが、どんなに意気消沈していても、小瓶から香りを嗅ぐことはできる。植物のパワーを凝縮した、趣味というよりは相棒のようなアロマオイルがあったのは、本当にありがたいことだと感じる。

ある時は心に火を灯してくれ、またある時は見つめ直すように諭してくれる。クールダウンするように導いてくれる時も、そのままでいいと受け入れてくれたりする時もある。内面と向き合う自己カウンセリングのような一面もあるのがアロマテラピーの醍醐味だ。お守りのような香りを日常に添えて、じっくりと自分を持ち上げて行こうと思う。

滝薫

滝薫

ライター兼福祉の仕事がしたい人。アロマと料理と編み物が趣味というナチュラル丁寧加減ですが、本人は結構辛口です。

Reviewed by
高松 直人

ニオイの力は不思議だ。嗅ぐだけでとある記憶がふと甦ったりする。アロマにもそういう効果はあるのだろうか。呼び戻したい記憶のスイッチを沢山持てるのだとしたら魅力的な趣味だなあと思った。

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