遠いものの連結、という言葉がある。
以前大学の講義内で得た知識なのだが、近しいものどうしを繋ぎ合わせるのではなく、離れたイメージを持つものどうしの単語が組み合わさった時に、その言葉と言葉の距離のぶんだけ、想像力をかきたてる余地がうまれる、という考え方のことを、「遠いものの連結」と呼ぶらしい(厳密には間違っているのかもしれないが、今の私はそういう説明しかできない)のだ。
例えるならば、
あかい リンゴ ではなく、あおい リンゴ 。
一般的には林檎は赤い。多くの林檎は赤い。では何故その林檎は青いのか。林檎が青いのではなく、受け手がその林檎を青に見ているだけで、本当はその林檎も赤いのでは?青が好きな人の為に、誰かがわざわざ青い林檎を作ってくれたのかもしれない。ていうか青リンゴっていう言葉があるじゃない。そのあおいリンゴの青ってどれくらい青いのよ。ブルーシートくらい青?青信号の青くらいの青さ?
この遠いもの同士の連結という技術は、詩について学ぶ講義で教わった知識だが、この「言葉と言葉の距離を埋める想像」という部分にはもちろん物語が生まれる。ふたつのあいだを結ぶ道筋は自由で、だからこそ、その部分で、作り手の個性が出た物語が編み出されるのだ。作った道筋を言語化するということは、物語の創作行為そのものに違いない。
今週はこの「遠いものの連結」を使って、少し物語づくりで遊んでみたいと思う。
手元に漢字辞典があったので、この漢字辞典を使って話を作ってみよう。
コンセプトは「少女漫画」で、適当にひらいたページの漢字と漢字を、それぞれ3つずつ組み合わせて、物語を作る。偶然引き合わされた漢字同士なら、それなりに距離が稼げるはずだ。
【一回目:模 男 逐】
うーん。
逐という偶然出会ったこの漢字には、「追いかける」「追い払う」「一つづつ順を追う」という意味があるそうだ。少女漫画を体現するような漢字を一回目から引いてしまった……。
男という漢字が入っているので、男の人が好きな女の子周りの恋愛の物語にしよう。少女漫画だし。
→わたし、ふつうの14歳の女の子!悩みはおんなじ学校の先輩に、叶わない恋をしていること。恋愛について勉強していたら「ミラーリング」という言葉を知ったの。心理学?的なおベンキョ―のコトバらしくって、人間は自分と同じ行動をする人に対して、無意識に好意を持ってしまうんだって。それを実践して先輩の模倣を毎日繰り返していたら、私が先輩になっちゃった!もう一人の自分が現れた先輩は初めて私を見てくれた。だけど私は私じゃない。先輩に迷惑をかけたくないから離れたいんだけど、同じ姿の人間が勝手に出歩いているのは気味が悪いんだそうで、先輩の管理下におかれる事に!?これから私一体どうなっちゃうの!?
こんなのができた。
女の子のいる絵面があまり出てこない少女漫画になりそうである。先輩からしたらいい迷惑だが主人公はあくまで純粋な気持ちで先輩のことが好きなのだ!いや、でも純粋な気持ちからだったとしても、勝手に見知らぬ誰かが自分のドッペルゲンガーになったら困ってしまうだろう。好意を抱く、抱かれるとは難しいものだ。
【二回目:客 考 逮】
うーん。
客とは自分以外の誰か、自分を訪れた人。
孝には親や先祖を大切にする意味があって、逮には追いつく・追いかけて捕まえる、の意味があるらしい。
逮もまた、少女漫画の恋愛を体現するような漢字だ。逮と逐は少女漫画漢字なのだ。知らなかった。しんにょうのページ引きすぎである。
→ある日知らないひとが私の家まで訪ねてきた。すごく綺麗な顔をしていたから私はその人のことをすぐに好きになってしまった。私は自分のことが嫌いで、家を出て人と出会う事を恐れていたから、私を訪ねてきたその人が、久しぶりに出会う、見知らぬ他人、自分以外の誰かだった。私はその人に毎日話を聞いた。大恋愛をしていたその人の話は私を魅了した。よく聞くとその人が大恋愛の末に産んだのは自分だと言う。客のきれいな人は私の死んだ母だったのだ。私は縁を切った、大嫌いな自分によく似ていて、大嫌いな自分を作る要因になった父親を、その母から聞いた思い出話をたよりに、探しにいくことにした。
こんなのができた。
ちょっと大人向けの少女漫画かもしれない。繊細な絵柄で読みたい。家族というテーマは人間の物語からは切り離しにくいものなので、とても話が広げやすい。誰もが誰かから生まれるから、その関係性を手繰り寄せると物語を編まずにはいられないのである。祖先サイコ―!と全ての人がなれるわけではないが、ルーツを知る事は、自分を自分として生きたい人にとっては良い行為になり得る。
【三回目:有 愁 宿】
うーん。
有が難しい。「ある」とか「持つ」「また・さらに」という意味がある漢字らしいがこれをどう物語にもっていくか。愁はものさびしい、憂いや悲しみといった漢字なので、シリアスめのお話にしよう。宿という漢字には「とどまらせる」「前からの」…「前世からの」!という意味があるらしい。すごくロマンチック。
→修学旅行先のホテルで目を覚ますと、私は閉じ込められていた!ホテルから出られないよ!とりあえず一階ホールに行ってみると全く知らない老若男女が集っていた。全員閉じ込められていたんだって。聞こえてくる館内放送。私たちには、私たちにはわからない共通点があるらしくって、それを思い出すまでホテル内で色々な試練を与えられることに。同い年の男の子と私は一緒に行動することになったんだけど、なんだか懐かしい感じがする…。そして明かされる秘密。私たちは全員前世でとある大事件を起こした罪人で、その被害者である人物が罪人の生まれ変わりを待ち、私たちをこうして集めたのだという。男の子は前世での私の相棒だった……。
こんなのができた。一昔前の少女漫画にありそうな、悲恋、運命的な二人、壮大な設定、をイメージした。是非古めの絵柄で拝見したい。
遠いものどうしを連結するときには、「そぐわない」を「そぐう」に変換するための力を加えることが必要になる。この関係性を捻じ曲げる握力みたいな……こじつけ力が強ければ強いほど、広い範囲の、様々な物語を創作できる。
物語を考えなきゃ!でもどうしよう、何から始めるべきかわからないな、という人には、今日の私がしたような遊びを是非やっていただきたいと思う。
物語をつくるという行為の楽しさを、色々な人に味わってほしいから。