なんやかんやあって無事大学に合格した。
「お!いよいよフリーペーパーを作るのか!?」と思った方、すみません、まだ作りません。
残りの高校生活を過ごしていたころ、合格者は卒業に向けて各委員を振り分けられることになった。わたしは卒業文集担当。しかも編集長だ。担任の先生は「これからたくさん本を作ると思うけど、それの一番最初になるものだからね。大事だよ」と言ってくれた。当時は全く現実味がなく、ふわふわと「へえ~そうなんだ」と他人事のように思っていた。
他のメンバーはいわゆる一軍と言われる子たち。明るく元気で挨拶もでき、運動部に所属していて、友だちが多い。そんな子たちを、休み時間は本ばかり読み、たまのイベントで異常なテンションで奇声を発しながら盛り上げるわたしがまとめる。大丈夫か、と心配だったが「こういう文集にしようと思っている」とアイデアを話すと「面白い!」「いいかも!」「じゃあわたしはこれやるね!」「わたしはこれ!」と指示する暇もなく担当が割り振られた。すごい。
文集の内容は、一人ひとりのプロフィール(未来予想図付き)、ランキング(全員の名前が入るように忖度あり)、クラスメイトからの個別メッセージだった。表紙はクラスメイト全員の写真を使ったコラージュ。絵の得意な子がプロフィールや目次を作ってくれ、気遣いができる子がランキングを作り、個別メッセージはわたしがすべて切って一冊ずつに貼った。適材適所である。
文集の出来は今考えてもいいものだったと思う。特に個別メッセージのページはかなりよく頑張った。「普通の文集にしたくない、一人ひとりきちんと思い出の残るものがいい」という謎のプライドと共に、36人分のメッセージを36人分の文集に貼りまくった。当時のメモには「毎日文集にメッセージ貼ってる。」「文集を死ぬ気で作った。(36冊に36人のメッセージを貼ったり)」などと書いてあり、この時期はこれしかやってなかったのだと推察される。
完成間近になると委員の子たちから「北枕さんって面白いんだね!」「もっと早く仲良くなりたかったな~」と声をかけてもらえるようになった。ちょっと泣いた。大事なことはいつだって最後にわかる。
余談だが、文集のランキングは「ギャグセンの良い人1位」「いろんな知識がある人3位」「本当はもっと仲良くなりたかった人ランキング2位」だった。え、なんか、ごめん。
無事に人生初の本づくりが成功。そして高校を卒業し、「これからいっぱい本を作るのだ!」という希望を胸に大学に向かった。だが、そこには大学デビューという恐ろしい魔物が立ちはだかる。フリーペーパーは、まだ、作らない。