劇場で映画を観ることが好きだ。
もっというなら、鑑賞直後に映画パンフレットを読むことが好きだ。
最近ではNetflixやDisney+などの台頭もあってか、パンフレットがはじめから制作されていない作品をしばしば見かけるようになった。2月に公開された『アンチャーテッド』や昨年の『最後の決闘裁判』『フリー・ガイ』など、制作会社や配給がどういう形で関わっているのかはわからないが、やっぱりすこしさびしい。そもそも「映画パンフレット」という文化自体が日本が独自に発展したものなので、今後どんな形で展開していくかはわからないけれど……。
そういうわけで、私が手に入れた映画パンフレットのなかで「このデザインは素敵だな〜!」と思うものをいくつか紹介します。挙げるパンフレットは映画の内容に絡めたデザインもあるため、内容に触れる記述が多分に含まれます。あらかじめご了承ください。
今回はホラーから2作品。
『ミッドサマー』
不慮の事故により家族を喪ったダニーは、大学で人類学を研究する恋人や友人たちからスウェーデン旅行に誘われる。ホルガという奥地の村では「90年に1度開催される特別な夏至祭」が執り行われていた。家族を亡くしたショックから立ち直れずにいたダニーは、温かなホルガの村の住人や祭りの楽しさもあって心が癒されていくが……という感じの内容。
まぎれもなく2020年を代表する1冊。デザイナーは大島依提亜。映画自体が明るい雰囲気なのに狂気的なホラー!と公開前から話題になったこともあり、公開すぐに完売。即重版が決まったらしい。すごい。
表紙から本文の紙がはみ出て見えるのは、私が画像処理を失敗しているわけではなく、もとからそういう仕様。パンフレットのコンセプトが「劇中で登場するホルガ村の聖典『ルビ・ラダー』」なので、耳付き紙(※1)を模した形にすることで、村に伝わる手製の聖典感が強調されている。といっても実際に耳がついているわけではなく、パンフレットの本文はちゃんと裁断された状態。通常の裁断機ではこのように紙をカットできないので、ページごとにわざわざ型抜き加工を施し、その上で製本している。その数は実に8パターン!
一見ではわからないが、開いてみると表紙の小口(※2)が内側に折り込まれたガンタレ製本(※3)になっており、表と裏を左右に広げると映画冒頭でも登場した象徴的なタペストリーがお目見え。
中身は古紙の風合いがあるテクスチャが地に敷かれており、フォントはモリサワ(※4)の「秀英にじみ明朝」と「秀英にじみ明朝角ゴシック銀」が主だって使用されている。名前の通りにじんだニュアンスのあるフォントなので、紙に染み込んでいるように見え、パンフレット全体を通して聖典『ルビ・ラダー』を補強している。内容も映画についての解説がたっぷり載っているので、読み物としても純粋に楽しめる。
この紹介を書いている最中に気づいたのだが、このパンフレットにはバーコードが見当たらない。2020年7月からレジ袋が有料化されたのでパンフレット自体にバーコードが必須で、それ以前は規格が違ったのかもしれない。誰か知っている方がいたら教えてください。
ちなみにパンフレットはあくまで聖典『ルビ・ラダー』のイメージなので、映画本編ではこのデザインそのものが登場することはない。しかしその後に公開されたディレクターズカット版で一瞬だけ映ったため、豪華版Blu-rayのブックレットは実際の聖典を反映したデザインになっている。皮革を模した紙に空押しというものすごく贅沢な仕様。機会があればそちらもぜひ。
※1)手でちぎったような自然の風合いの部分のことを「耳」と呼び、「耳」が紙の端に付いた状態のことを耳付き紙と呼ぶ。ふつうは印刷などの加工適性を上げるため切り落とした状態で流通される。四方が切りっぱなしの和紙を想像してもらうとわかりやすいかも。
※2)本を開いたとき外側にくる部分。
※3)長い表紙を内側に折り込み、カバーのように見せる効果もある。漢字部首の雁垂れに見えるのでそのように言うらしい。同人誌界隈ではフランス製本と呼ばれるほうが多い。
※4)フォントメーカー。デザイン業界でその名を知らない人間はおそらくいない。
『サスペリア』
米ソ冷戦中の1977年のベルリン。アメリカからやってきた少女スージーは、モダンダンスを踊る舞踊団へ入学する。精神科医のクレンペラーは、患者のパトリシアから自分が入団している舞踊団で夜な夜な奇妙な悪魔崇拝の儀式が行われていると聞き、その後パトリシアから一切連絡が取れなくなったことを不審に思い、独自に調査を行い始めるが……という内容。
デザイナーは『ミッドサマー』と同じ大島依提亜。他にもたくさん素敵なデザインを手がけているので、前回の石井勇一も含め、これからも私のレビューでたくさん名前が出てくるデザイナーだと思う。
さてこの赤色が特徴的な『サスペリア』、中身も同じ調子でひたすら真っ赤。見せられないのがたいへん残念。映画自体もかなりスプラッタ要素が強いうえに、ビジュアルも黒・赤が基調なので、映画を観た人なら(わかるよ!この配色!)となること請け合いである。内容が内容なだけに、決して万人にオススメはできませんが……。
ただ、今まで紹介したパンフレットに比べれば、仕掛け自体はいたってシンプル。キーアイテムが挟み込まれてもいなければ、ページを型抜いてもいないし、取り立てて加工が施されたわけでもない。変型でもないので、真っ当にA5である。中身もフルカラーのグラビアページ4ページを除けば、あとは黒と特色銀(※5)の2色刷り。
特徴的なのはこの赤色。赤・黒・特色銀の3色が使われているように見えるが、この赤色は印刷ではなく紙自体の色。この紙は「NTラシャ(※6)」という銘柄の「濃赤」で、画用紙のような風合いがあり一般書籍にもよく使用するのだが、決して安い種類ではない。それを36ページに渡って使用するなんて、この用紙に決まるまで相当な戦いがあったことを想像する。文字に使われている黒色も、地色が濃いめの赤なので正直かなり読みづらい。それでも3色だけで統一された緊張感のあるデザインは『サスペリア』のエッセンスをぎゅっと詰め込んでいる。拍手。
※5)印刷は基本的にプロセスカラーの4色を紙上で重ね合わせて色を表現するが、金や銀などは別のインクが存在する。
※6)羅紗(らしゃ:厚手の起毛毛織物)を思わせる、緻密で温かい肌触りをもつ紙。けっこう高い。