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2F/当番ノート

Weekly Movie Pamphlet Report #4

当番ノート 第62期

劇場で映画を観ることが好きだ。
もっというなら、鑑賞直後に映画パンフレットを読むことが好きだ。

今回はちょっと長いのでさっそくいきます。そういうわけで、私が手に入れた映画パンフレットのなかで「このデザインは素敵だな〜!」と思うものをいくつか紹介します。挙げるパンフレットは映画の内容に絡めたデザインもあるため、内容に触れる記述が多分に含まれます。あらかじめご了承ください。

今回は文芸の棚に並んでいても不思議でない2作品。


『ムーンライト・シャドウ』

鈴の音に導かれるように出会い、深く愛し合ったさつきと等。さつきは、等の弟・柊とその恋人のゆみことも意気投合し、4人で一緒に楽しい時間を過ごすようになる。しかし、ある日突然、等とゆみこが不慮の事故でこの世を去ってしまい……という感じの内容。

表紙まわりのデザインは大島依提亜。本文デザインは藤澤遥(ナナロク社)と小林正人(OICHOC)。原作はよしもとばなな。
いわゆるハードカバーと呼ばれる上製本(※1)なので、造りがしっかりしている。事情を知らない人に映画パンフレットだと紹介しても信じてくれないと思う。表紙の裏側にくる見返し(※2)には写真。実際の書籍だとあまり見かけないが、パンフレットだとオーソドックスなスタイルなので、めくった瞬間から不思議な読み心地。写真は前後でそれぞれの異なる人物が写っており、映画を観終わったあとだと口絵を含めた全体の写真チョイスにしっくりくるはず。

表紙の銘柄は「キュリアスメタル」の「インク」というメタリックカラー。写真では分かりづらいが真珠のようにほのかな光沢があるパール紙なので、角度を変えると淡く光っているように見える。もともとが深いブルーのためタイトルはホワイトのインクかと思いきや、よく見ると白色の箔押し加工。箔といえばいわゆる金や銀なのでこれも珍しい。

ブックデザインをしている身としてなにより驚いたのは帯の使い方。帯は情報を載せるためのものであり、本来なくても問題ない(メディアミックスや重版が決まったときなど、内容に合わせてデザイン、場合によっては紙自体も変えます)。わざわざ帯を巻いて、載せる文言はタイトルだけ。かっこいい! 一見するとなんでもないことのようだが、情報を載せないこと自体がそもそも発想としてなかったので私的に目から鱗だった。実際のブックデザインだと現状では決してできないけれど……。

造本にもこだわりのある出版社の「ナナロク社」が本文デザインを務めているので、本文レイアウトは完全に書籍の手つき。映画のパンフレットは写真を見開きで使ったり情報を詰め込んでいるため雑誌的な気質が強いが、本作の紙面はたっぷり余白があり、書籍としての側面を押し出している。中身もたいへん充実しており、全編の脚本が二段組で載っているし、植本一子のエッセイ、谷川俊太郎の詩、木下龍也と岡野大嗣の短歌がパンフレットのために書き下ろされている。このパンフレット自体が映画の補助線であるとともに、映画本編をまるまる詰め込んだ書籍のようでもある。すごい仕事だ!

挟まっているスリップ(※3)はあくまで書店で売り上げを管理するための機能なので、パンフレットには必要ないはず。むしろ上に飛び出している部分がやぶれたりすると欠品扱いになる可能性すらあるので、採用するのに相当なハードルがあったと思われるが、書籍のていを為すためこだわりである。なにより「映画と、映画館の思い出に。」がいい。パンフレットの意義を突いている、とても素敵な言葉だと思う。コロナ禍になって劇場へいくこと自体が減ってしまった今は特に。

※1)本文より一回り大きい板紙(厚手のボール紙や布)の表紙で本文をくるむ製本方法。上製本ならではのパーツが多数あり、花ぎれ(※4)やスピン(※5)もこのパンフレットで採用されている。
※2)表紙と本文を連結するため、前後に差し込んでを貼る紙のこと。表紙の内側に貼ってある方を「きき紙」、表紙に貼っていない方を「遊び紙」と呼ぶ。
※3)売上を管理するための伝票。デザイナーがここまで手を入れることはない。短冊とも呼ばれる。花札の坊主の絵柄に似たところがあり「ボウズ」とも呼ばれる。
※4)背の上下の両端に貼り付ける布。漢字で書くと花布。補強のために付けられていたが、現在は主に装飾用。
※5)しおりとして使う平織りの紐のこと。花ぎれと本文の背部分の間に挟まれる。

『君は永遠にそいつらより若い』

卒業を間近に控えた女子大生のホリガイは、児童福祉職への就職も決まり、どことなく手持ちぶさたな日々を送る。周囲が言うほど変わり者との自覚はないながらも、彼女は漠然とした欠落感に不安と焦りを感じていた。そんな中、同じ大学に通う年下のイノギと知り合い……という内容。

『ムーンライト・シャドウ』が文芸書籍的なアプローチだとしたら、文芸雑誌的なアプローチが本作のパンフレット。デザインはgraphic design COMO。原作は津村記久子。

とにもかくにも、他のパンフレットでは見たこともないほどの大ボリューム。340ページ背の幅(※6)はなんと21ミリ。完全に文芸誌の様相である。『ムーンライト・シャドウ』は上製本という点を除いても、一般的なパンフレットと比べたら相当なページ数と背幅だが、それでも10ミリである。そうとうの厚みがあるため特別な加工が施されているわけではないのだが、それもまた文芸誌たらしめている。1800円と決して安くない価格ではあるものの、加工よりも内容を充実させたいという心意気をひしひし感じる。

内容自体も「全編特集:君は永遠にそいつらより若い」といった感じで、著者インタビュー、俳優たちのスナップ写真集、脚本の全編採録にいたるまで、どれも長尺であり読み応えがある。なかでも印象的なのは、映画美術や劇伴、撮影についてそれぞれ作り手へのインタビューや座談会が載っていること。ページの制約もあるし、一般的なパンフレットでは割愛されがちだが、そこにも当然作り手がいて、仕事ぶりに対する熱意や創意がある。そこまできちんと触れることによって、読み物としても映画の副読本としてもおもしろくなっている。『ムーンライト・シャドウ』とは互いに異なった佇まいだが、本質は同じだ。

ちなみに今回挙げた2作とも2021年の9月公開で1週違い。もしかしたらこれから小説原作の映画パンフレットは、こういう読み物的な側面が押し出されたものが増えるかもしれない。楽しみである。

※6)表紙を除いた本の厚みは束(つか)ともいう。うちでは束幅と呼んでいます。

くらな

くらな

ブックデザイナー。小説も書いています。

Reviewed by
いま いません

今回のピックアップは「文芸の棚に並んでいても不思議でない2作品」ということで。
このテーマを見た時に改めて「映画のパンフレットって、映画の公開中に劇場でしか買えない本なんだよな〜」と。なんて特殊な読み物なんだろうって思いました。読んでもらえる可能性が、かなり限られているわけで。買おうと思うきっかけも、「映画めちゃくちゃ面白かったな〜!」って時が多いと思うし。それでも細やかな工夫があって、面白かった映画をより満足させるために機能しているんですもんね。そういうお仕事がちゃんとフィーチャーされるこの連載、やっぱり素敵だなと思うわけです。

ではでは。

まずは「ムーンライト・シャドウ」について。
よしもとばななさん原作の映画作品というだけあって、より本を意識したデザインになっているんですね〜。よしもとばななさんの本と一緒に本棚へ並べることも想定していると思うので、ファンへの配慮も素敵だなと思います。
そして、帯とスリップのアイデア!これ、しびれますね。映画パンフレットで、ここまでやり切るからこその美しさ。「本を意識したパンフレットにしたいから、帯とスリップをつけよう」というアイデアを思いついたとしても、安易に本のパロディというか、やっぱり帯に情報を詰め込んでそれっぽくしたりしちゃうと思うんですよね。スリップのプリントも、もっとよくある感じにしちゃうと思う。でもこれは、そのアイデアが埋もれないための、引き算ですよね。タイトルが書かれただけの帯と、「映画と、映画館の思い出に。」という文言が書かれたスリップ。こんなにディティールが凝っていても、1100円なんですもんね…恐るべしですよ。

そして「君は永遠にそいつらより若い」について。
まず、くらなさんの説明が本当に毎回わかりやすすぎる!なるほど、「ムーンライト・シャドウ」が書籍的アプローチで、こちらは雑誌的なアプローチになっているんですね。たしかに、びっくりするくらいの背表紙の厚さ。部屋の本棚から、なんとなく本を手に取るときって、背表紙が目に入ったから手に取るパターンも多いと思うんですよね。それで考えると、このパンフレットはふとしたきっかけで手にとってもらえるきっかけが多いのかなと思ったり。それがきっかけで作り手の熱量に触れて、「また映画を観たくなっちゃった…観ようかな」って流れになることもあるでしょうし。映画本編と映画パンフレットを行ったり来たりしながら、どんどん作品への理解が深まっていく。こんな楽しみ方ができるのも、日本でパンフレットの文化が独自に発展したおかげなんですもんね〜。

ほら、今回も面白かった。「ここがたまらないのよ〜!」って、好きなものを熱く語ってもらうのがとても好きなので、毎回本当に面白い。ニッチな特徴の映画パンフレットでセレクトすれば、「タモリ倶楽部」とかでも企画になりそうな感じの。(笑)

次回も楽しみですね!それではまた。

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