劇場で映画を観ることが好きだ。
もっというなら、鑑賞直後に映画パンフレットを読むことが好きだ。
だいたい年間に30〜35本くらい観るので、たまに「けっこうお金がかかりません?」と言われることがある。いやいや、と首を振ってはいるのだが、考えてみたらそれなりに使っていると思う。パンフレットが複数バージョン出ているとたいていは特装版やら豪華版やら、高価な方を買うことにしているし。そちらの方が内容に即した付属品や加工がなされている場合が多いためだ。好きなことにお金を使っているので悔いはないけれど、たしかに、ちょっとくらい自分の仕事に還元されて欲しい気持ちもする。
そういうわけで、私が手に入れた映画パンフレットのなかで「このデザインは素敵だな〜!」と思うものをいくつか紹介します。挙げるパンフレットは映画の内容に絡めたデザインもあるため、内容に触れる記述が多分に含まれます。あらかじめご了承ください。
今回はアニメーションから2(+1)作品。
『劇場版Fate/Grand Order 神聖円卓領域キャメロット』
荒廃した1273年のエルサレムでは獅子王の指示により人々の命が奪われていた。かつてアーサー王に仕えた放浪の騎士・ベディヴィエールは、その惨事を目の当たりにし、仲間たちと共に立ち上がることを決意。自らの使命を果たすべく、策謀をめぐらす獅子王らを相手に壮絶な戦いを繰り広げていく……という感じの内容。
スマホゲームの劇場版。デザイナーは山口美幸(Veia)。
本作に限らず、そもそも前提として、アニメーション映画のパンフレットはどれもたいへん読み応えがある。実写映画に比べれば権利関係がクリアしやすいようで、設定資料はもちろん、ラフスケッチや絵コンテ、舞台美術や場面写真などビジュアルが豊富だし、判型も大判であることが多いため非常に迫力がある。細部の飾りも作品の雰囲気に即したデザインでないと全体の設計が台なしになる危険性もあるため、非常に考えられたものが多い。気になった作品があればぜひ手にとってもらいたい。
さて本作は前後編である。私は前編がケース付きの特装版・後編は通常版を購入した。ケースは#3の『ジュマンジ〜』のようなポケット式のファイルに束幅のあるタイプ(もしかしたら正式な名称があるかもしれません)で、タイトル部分は銀の箔押し。城の部分はダイヤに型抜かれており、決して複雑な形ではないが、物語の核となる城にちゃんとスポットが当てられている。ちなみにひらくと砂漠の中に巨大な城下町が広がるさまが載っている。ケース本体はしっとりとしたマット感(※1)のある板紙なので保護の目的としても充分に機能しているし、なにより高級感がある。束幅が12mmもあるのは前編だけでなく後編のパンフレットも入れられる仕様のため。後半も豪華版を選んだらどういうふうに収納されるのか気になるところ。
前後編を比べてみると表紙は反転した色味。どちらも大理石のような地紋が敷かれており、背と小口には特色に銀が使われている。前後編や○部作の映画でもデザインが統一されていないパンフレットが多々あるなかで、並んでいるさまがきっちりイメージされたデザインは気持ちがいい。中身も前述に洩れず濃い内容で、ほぼ全てのページに写真が使われている。個人的なことを言えば、原作のゲームをまったくの未プレイだったので、10のキーワードを読み解くコラムが非常にありがたかった。
特筆すべきは本文にも全ページに渡って特色銀が使用されている点。36ページ(それも前後編とも!)を4色+特色1色で印刷するなんて、普段の私の仕事なら予算の都合があって考えられない。特色銀は表紙のここぞというところで使用する場合がほとんどで、その際、中身は色味が近い黒を50パーセントくらいの濃度にした擬似銀でお茶を濁すことが多い。しかし、本作はしっかり特色の銀であり、角度を変えると光沢がしっかり現れている。銀は映画でも象徴的な色なので、それを再現するためとはいえかなりの覚悟やら説得がないと実現できなかったのでは、なんて想像してしまう。中身の細やかな飾りも直線を中心としたシンプルな罫線で淡い銀色を生かしつつ、決して写真の邪魔にならない絶妙なデザイン。背筋が伸びる思いだ。
※1)光沢を抑えたツヤ消しコーティング加工した紙。すべすべ、しっとりとした質感で高級感がある。
『サイダーのように言葉が湧き上がる』
夏、地方都市。コミュニケーションが苦手で、俳句以外では思ったことをなかなか口に出せない17歳の少年チェリーと、見た目のコンプレックスをどうしても克服できない少女スマイルが、ショッピングモールで出会い、やがて SNSを通じて少しずつ言葉を交わしていく……という内容。
アニメ音楽レーベル「フライングドッグ」の設立10周年作品。デザインは名和田耕平デザイン事務所。『3月のライオン』や『四月は君の嘘』をはじめ、マンガやアニメのロゴを中心に幅広く活躍しているので、もしかしたら本棚の中にもいくつか並んでいるかもしれない。比べるのも本当、本当に本当ににおこがましいが完全に同業です。こういう仕事がしたい。
ほぼ正方形のパンフレット本体は紙のジャケットに入っており、レコードと同じLPサイズ。宣伝などでよく目にするビジュアルは裏表紙の方。表は下部にタイトルこそささやかに載っているが、目を引くのは少女と「YAMAZAKURA」のロゴ。キャッチコピー、歌手名、値段などが載っている左部分も、目を凝らしてみればピンクの濃度が違っておりシャドウも効いているため、レコードの帯に見えてくる。この中央に少女が映ったLPレコード風デザイン、映画の最重要アイテムとまったく同じ。ジャケットの裏、メガネの老人が胸に抱き抱えているものを見てもらえればわかりやすい。映画に登場するレコードはピクチャーレコードという種類で、写真が盤面に印刷されているもの。よくみれば少女の頬あたりに黒い丸もある。円状に型抜きされているため、パンフレット本体を引き抜くと映画で目にした状態にもできる。まさしく、映画そのものを象徴するデザイン。
書籍を多く手がける事務所らしく、中身のデザインも均整がとれて美しい。主だって使用されているフォントはモリサワの「A1ゴシック」と「A1明朝」のふたつ。美しさもありつつ手書きの隅溜まりを表現しているフォントで、17歳の繊細さを感じるよう。淡いシアンとイエローを基調とした誌面は映画の雰囲気を損なうことなく文章を読むことができる。また、映画の重要な要素のひとつにもなっている俳句、劇中で詠まれた句が一覧になって掲載されている。季語がイエローになっているので非常にわかりやすい。決して派手ではないが、デザインは心配りだと実感できる。