劇場で映画を観ることが好きだ。
もっというなら、鑑賞直後に映画パンフレットを読むことが好きだ。
連載で取り上げている作品の公開年から察している方もおられるかもしれないが、私が劇場に足を運ぶようになったのは最近のことだ。記録をつけはじめたのは2016年あたりからで、それ以前はことさら気になった作品を観に行くことはあれど、足繁く通う習慣はなかった。きっかけは、働きはじめてお金に余裕ができるようになったこと、ふとパンフレットのデザインが仕事にいかされるかもと思ったこと、なにより、歩いて行ける距離に映画館があったことが大きい。コロナ前に実施されていた週末のスーパーレイト(日付が変わったくらいに上映を始め、3時くらいに終了する。安い)の恩恵に預かっていているうち、今の習慣が身についた。引っ越し先を考えるとき、映画館の近くを無意識に考えてしまう。
そういうわけで、私が手に入れた映画パンフレットのなかで「このデザインは素敵だな〜!」と思うものをいくつか紹介します。挙げるパンフレットは映画の内容に絡めたデザインもあるため、内容に触れる記述が多分に含まれます。あらかじめご了承ください。
今回はエイジング加工が巧みな2作品。
『HOT SUMMER NIGHTS/ホット・サマー・ナイツ』
1991年アメリカ。高校を卒業したばかりのダニエルは、父を亡くした喪失感から抜け出せずにいた。ダニエルを心配する母親は、気分転換になればと、夏のあいだ彼を海辺の小さなリゾート地ケープコッドに住む叔母のもとに預ける。誰とも馴染めず、自分の居場所を見つけられずにいたダニエルは、地元の不良で知られていたハンターと出会い意気投合するが……という内容。
PLAINS inc.がデザイン。この連載では取り上げられなかったが『パーム・スプリング』や『ベル・エポックでもう一度』など、イラストを交えたレトロでポップな仕上がりの作品が多く、その色彩選びや意匠は見ているだけで楽しくなってくる。本作もそう。
ケースはVHS風のデザイン。実際にボックス仕様(※1)になっており、このなかにパンフレット本体と12枚のフォトカードが入っている。見るからにボロボロなケースの見た目は私の保存状態が悪いのではなく仕様です。表面のDRAMAやNEW RELEASEの文字、裏面の欧文での作品紹介など、さりげないところまでVHSケースをなぞらえつつ、映画スタッフが載っているビリング・ブロック(※2)やバーコードもデザインとして抑えつつ生かす手さばき。傷やかすれをあらかじめ下地としてベースに敷くことにより、本棚に挿しておくだけで本当にビデオショップに並んでいるよう。映画に出てくる時代性をしっかり捉えていて最高。
パンフレット本体は黒と明るい水色系の特色を用いた2色刷り。手のひらに収まるサイズに情報がたくさん詰め込まれているが、しっかり整理されているので読みづらい印象はない。写真のざっくりとした切り抜きやちょっとゆるいイラストによって全体的に90sのポップな仕上がり。なかでも、映画に出てくる用語の解説コラムに載っているラモーンズとストリートファイターⅡのイラストがめちゃくちゃかわいい!! 同梱されている横長のフォトカードはかなり硬い紙で、映画の象徴的なカットがふんだんに使用されている。本作はビジュアルの強い作品であるが、縦長の判型のためパンフレット自体で写真を生かすのはすこし難儀しそう。そこで、パンフレット自体で写真を生かすのではなくカードとして別添えにしたのだと思われる。普通のポストカードサイズよりも横に長いため、ビビッドなビジュアルも相まってさらに印象的になっている。
※1)三方背ケースとも呼ばれる。DVDやBlu-rayのスリーブケースにボックスを想像してください。書籍ではあまり見ないが、一般書籍なら講談社BOXというレーベルが採用している。
※2)外国映画のポスターなどに入っているスタッフ、キャストが欧文で書かれたクレジットのこと。天地の比率など大きさにも厳格な決まりがある。
『ライトハウス』
1890年代、ニューイングランドの孤島にやって来た2人の男たち。灯台守である彼らの仕事は、これから4週間にわたって2人だけで灯台と島の管理を行うことだった。ベテランと経験不足の若者が衝突を繰り返すなか嵐が島を襲い、島からの脱出は困難となってしまう。やがて2人の精神はおかしくなってゆき……という内容。
デザイナーは石井勇一。#1の際、機会があれば紹介したいと言っていた作品。
パンフレットのコンセプトは「灯台守の日記」。映画でも日誌は重要なアイテムとして登場するが、それをあつらえたデザインとなっている。表紙は赤い革張りを模した地紋、裏面は革張りに加えて雨風にさらされたような汚れた地紋が入っており、深い赤色と相まって作品を方向性を示しているかのよう。そのなかでタイトルロゴと灯台だけが白く光っているのも印象的。
本文にも裏表紙と同じように汚れた風合いのテクスチャが敷かれており、すべてのページで異なっている。しみや汚れはかなり複雑で、知らないうちに飲み物をこぼしたのでは、と錯覚してしまうほどである。ただ、汚れたり、水でよれた素材はデザインする上で頻繁に使用するし、これまでの連載で取り上げてきたなかでも登場している(#1『Summer of 85』や#2『ミッドサマー』など)ので、これだけでエイジングに凝ったと呼ぶのはすこし弱いのだが、本質はそのテクスチャの作り方にある。汚れをデータ上で再現するのではなく、本作と同じ仕様のサンプル(※3)を実際に画用紙で作り、水やコーヒーに浸けたり、雨風にさらすといった本物のエイジング加工を施した天然物。そうやって出来上がったものがスキャンされ、本文のベースに使用された。石井勇一本人が「作成には2ヶ月ほどかかった」と答えていることも踏まえ、映画と同じように狂気的な仕上がりである。
伊藤潤二によるあらすじ漫画ページや、監督ロバート・エガースと『ミッドサマー』のアリ・アスターの対談、解説コラムなど48ページある内容も非常に充実している。灯台守の日誌なので、開いたスペースには暇なときに書いたと思われるイラストが載っていたり、隅には謎めいたメッセージが残されていたり、映画の中でも象徴的な存在であるカモメの羽が挟まっていたりする。映画に漂っていた不穏な空気を閉じ込めつつ、補助線としても意味をなしている優れた仕事だ。最高!
※3)実際の製本時と同じ仕様・製本機で製作されたサンプルのこと。束見本と呼ばれる。本番と同じ用紙を揃えて、印刷していない白紙のままで製本される。本の束や重さなどを正確に把握したり、実際の仕上がりイメージを確認するために使用される。