劇場で映画を観ることが好きだ。
もっというなら、鑑賞直後に映画パンフレットを読むことが好きだ。
連載の最後は私が制作に関わった2作品。
書籍デザインがメインの業務なのですが、実はいくつか本当に映画パンフレットを作っていました。
『ゾンからのメッセージ』
20年前から謎の現象「ゾン」に覆われた夢問町。かつてゾンの向こうへと旅立った人は帰ってくることはなく、今ではゾンの向こう側へ行こうとする人もいなくなり、生まれたときから町の外を知らない世代は成長して若者になっていた。ところがある日、ゾンから謎のVHSテープが届いたことから住人たちに変化が起き始め……という内容。
厳しめな予算の都合はあれど、映画の画面であれば素材はたいてい使用できた、おそろしく自由度の高かった1冊。
表紙は特色の銀(DIC621)の1色刷りで、丸みのある角(※1)に型抜き加工。型抜きの向こうには映画を象徴するような風景の写真をいれて不穏な空気や作品の雰囲気を見せるとともに、白地の幅を変えることによって、あちら側に迫っている印象を与える。チケットやフライヤーのイラストは漫画家・イラストレーターの山田参助さんにお願いしており(こちらのデザインも担当しています)、映画は群像劇でもあるため表紙にそのまま使う案もあった。が、メインビジュアルはフライヤーに担ってもらうことにして、パンフレットは作品の持つ不思議さを正面から打ち出しつつ、特徴感のあるビジュアルを採用した。四隅を白で囲んでいるのは「閉鎖されている空間」の象徴。そこまで察してもらえたかは不明。
規模の大きな作品ではなかったので、大量の場面写真や素材など、ほとんど制約なく使用することができた。それゆえに方向性や軸がぶれないように“映画の雰囲気を前面に押し出す”をテーマにした。本作はシネカリグラフィー(フィルムに直接絵を描いたり傷をつけたりして映像を作る)という手法を用いており、映像の上に極彩色の水彩をこぼしたようになっており、画面自体が見たこともない有機的なものになっている。それが特徴にもつながっているとして本文の上下に帯を取り、水彩を敷いている。ページをめくってゆけば少しずつ水彩が動く遊びも施しているのでなんとなくめくっても楽しいはず。膨大な素材の中からふさわしいものを見繕ったかいもあり、けっこう気に入っている。
※1)角R(アール)と呼ばれる。角の丸みの半径ことを指し、角を丸くすることを「Rを付ける」と言われる。
『運び屋』
家族をないがしろに仕事一筋で生きてきたアール・ストーンだったがいまは金もなく、孤独な90歳の老人になっていた。商売に失敗して自宅も差し押さえられて途方に暮れていたとき、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられたアールは依頼を引き受けたが、その仕事はメキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だった……という内容。
自由度の高かった『ゾンからのメッセージ』とは逆に、あらゆる面でかなり制約の厳しかった1作。
A4サイズ、表紙のカット・ロゴタイプは固定で、予算の都合上なにか特殊な加工を施すこともできなかった。ニューヨークの新聞で取り上げられた実話記事を映画化したということで新聞風デザインにしたかったが(2016年に公開された『スポットライト 世紀のスクープ』という映画がまさしく新聞風デザインだった)、それもかなわず、耐久性もありつつ雰囲気だけでも雑誌に近づけようと、表紙は#3でも取り上げたスマッシュという包装紙を使用。しっとりとした質感のマットニス加工(※2)を行うことで風合いは残しつつ強度を上げた。
本文も雑誌の記事を読んでいる感じを伝えられたらと、紙は漫画雑誌でも使われるフロンティタフという紙(※3)を選び、ざっくりとした手触りを持たせつつ、すこし汚れたテクスチャを敷いた。フォントも滲み感のあるものを使用することで雰囲気を補強。加工に凝れないぶん、読みやすい文字組みは意識しつつ、フォントの太さをブロックによって変えたり、わざと太すぎるフォントを使用して文字が潰れるようにして、印刷が高精度ではない雑誌の雰囲気を演出した。原案となったニューヨークマガジンの邦訳が4見開きに渡って再録されており、他の媒体では(少なくとも当時は)読めなかったのでかなり読み応えがある。その部分は演出をすこし抑え気味にし、まずは読み物として鑑賞後の余韻に浸ってもらえるようにした。
※2)ニスを塗布することで表面を保護する。ピカピカな仕上がりになるグロスとしっとりとするマットの2種類がある。印刷する工程で同時に行うため、納期やコストにおいて早く安価。
※3)嵩高紙(※4)という紙の種類。コミックでもよく使われる。
※4)従来の紙と比較して紙繊維の密度が低く、軽い割りに厚みのある紙。ページ数が多いものを軽くしたり、ページ数が少ないものに厚みを持たせたりと汎用性が高い。
だいたい1年くらい前、Twitterにて映画パンフレットを買うかどうかのアンケートをとった。
選択肢が4つしかないので実際はもっと細分化されるだろうが、結果を見て、思ったよりみんな買っているんだなあと思った。もっと買われていないと勝手に決めつけていたからだ。
パンフレットは決して安いものではないし、ここでしか読めない映画の情報をまとめているという側面は、正直なところ役目を終えたようにさえ思う。わざわざパンフレットで手に入れなくても、インタビュー記事はネットを検索すればほとんど掲載された状態と同じものが出てくるし、映画のスチール写真やオフショットは公式SNSでアップされていたりもする。書籍も電子化が着実に進んでおり、もしかしたら時代に逆行している文化かもしれない。
それでも、連載で紹介してきたパンフレットのように、フィジカルだからこそ手元に置いておきたいものでもある。ケースや製本方法によって映画の世界から実際に取り出してきたり、紙の質感や中身の演出によって映画の世界自体を強固にしてくれたりと、パンフレットは映画に手触りを加わる。私は映画パンフレットが好きだ。
そういうわけで、私が手に入れた映画パンフレットのなかで「このデザインは素敵だな〜!」と思うもの14(+2)作を紹介しました。すこしでも映画パンフレットに興味を持ってもらえたら、とても嬉しい。このパンフレットよかった!と思うものがあれば、ぜひ教えてくださいね。