当番ノート 第54期
「一粒万倍日」というものが、暦にあるらしい。 2020年のうちに婚姻届を出したいね、と同居人と相談していたものの、二人の記念日もだいたい終わっていたから、いつ出してもよくない? となっていたところに、同居人の友人から教えてもらったのが「一粒万倍日」だった。正確に言えば「一粒万倍日かつ大安の日」だ。なんだそれ。 調べてみると、大安や仏滅などの六曜とは別の暦注で、一粒のモミが万倍の稲穂に育つように、小…
当番ノート 第54期
引っ越すことにした。 とはいえ同じ区内での引っ越しなので部屋が増えるくらいのささやかな環境の変化だ。引っ越しまで一週間を切った。荷造りやら何やらをして、少し疲れたらお茶をいれる。いつものようにこの部屋の窓から外を眺める。 毎日目にしてきたありふれた風景がそこにある。 今よりも少し若かった私は、逃げ出す理由もないほどいい暮らしをさせてもらっていた実家から逃げ出すようにしてここへやってきた。そのきっか…
当番ノート 第54期
「カレーで世界は幸せになりますか」 先日、カレーを食べ歩く方のYoutubeを観ていたところ、動画内で、視聴者からそんな質問が来ていた。 その方は、はっきりとした口調で答えた。「なります。少なくとも、僕の周りはそうです。」 私は、一瞬、唇を噛みしめて考え込んでしまった。 世界って、幸せって。それは壮大で漠然とした問いだ。しかし、対象が限定されていない問いは、それゆえに、解釈の余地がある。 地球やこ…
当番ノート 第54期
みなさんこんにちは、イラストレーターの高松です。 この連載は神奈川県の西の、山の途中にあるあなぐらのような自宅にて、ボイスレコーダーに録音したトーク内容を書き起こして投稿しています。 – 連載も最後になりました。 連載が始まる前までは、よし!やるぞー!と意気込んでいたのですが。いざ書いてみると、こんな話題で楽しんでもらえるだろうか、とか。話があっちこっちへ行ってしまい収集がつかなくなっ…
当番ノート 第54期
大相撲を見る楽しみは取組以外にもたくさんある。例えば、土俵下の審判部の親方に懐かしい顔を見つけてみたり、解説の親方とアナウンサーの相性チェックしてみたり、裏方一切を仕切る呼出の動きや行司の衣装に注目してみたり、はたまたお客さんを定点観測してみたり。その中でも個人的に一番は、力士の化粧まわしだ。 化粧まわしは、十両と幕内力士が土俵入りので身につける特別なまわしで、腰エプロンに絨毯やタペストリーのよう…
当番ノート 第54期
犬や猫がしあわせそうに暮らしている街なら、人間もきっとしあわせに暮らせるだろう。 中目黒への引っ越しを検討していたときに考えたことだ。下落合駅のホーム裏の部屋を引き払うつもりで、山手線沿いの物件を探していた。やっぱり山手線沿いに住みたかった。なにせ「東京の大動脈」である。憧れる。 探していたら、「目黒から徒歩20分」という条件の家が見つかった。調べてみたらじつは最寄りは中目黒で、「徒歩10分」とあ…
当番ノート 第54期
甘い匂いが漂い、オーブンを開ける。 そこに鎮座しているのは、人面瘡のような珍妙な形をした塊。しかも生焼け。 お菓子作りが苦手な私には、そんなことが度々ある。 「初心者でも安心!かんたんパウンドケーキ」などと銘打った懇切丁寧なレシピを使用しても、劇的に失敗する時があるのだ。その理由に思い当たる節があるときもあれば、全く分からず、そういう妖怪でも現われたのだろうな、と現実逃避をするときもある。 苦手意…
当番ノート 第54期
こんにちはイラストレーターの高松です。 先週の、夜の散歩の続きを話そうと思ったんですが。嬉しいことがあったのでそちらを書きます。 – よくあることなんですが、疲れがたまってピークに達すると、朝めまいがして体が動かなくなります。そのまま数時間寝れば治るのですが、そういう時は一日おやすみをいただいて、ゆっくりと過ごします。 だいたい、「ちょっと落ち着いてのんびり生きようぜ」といった内容の本…
当番ノート 第54期
オーロラ(大ロラ)があるから小ロラもあると思っていた。自由研究に自由はなく、全て父の指導のもとだった。 記憶したことも忘れたような記憶が次々に閃いては消えていく。疲れ果てて休眠中のペッパー君より深く深く首をたれ、バスの窓に寄りかかって目をつむっているのに、眠れるどころか脳内は空回りし続けている。 今日も今日とてユニクロに身を包み、ユニクロでないところは、GUか無印良品。無味無臭。モブの、脇役の代表…
当番ノート 第54期
「歩くことが好きです」とか「趣味は散歩です」とか、言ってしまう。でも言ってから、ちょっと違うなと思ってしまう。ほんとうに私は歩くことが好きで、趣味は散歩なのだろうか。そういう理由で歩いているのだろうか。なにか違うような気がする。 どうも私は、歩くことが「正しい」と思っているふしがある。 個人的な正しい・正しくないの感覚と、好き嫌いや趣味嗜好は、似ることもあるし私自身ごちゃごちゃにしてしまうことも多…
当番ノート 第54期
弱さを抱えて生きることは罪ではない。 「こっちは雪がつもってるよ」 めーちゃんが電話でそう言っていたので、通話を終了してからしばらくの間福島の雪景色を想像した。 山の深緑と雪の白、澄んだ冷たい空気。吐く息は白く立ち上り、降り続く雪は音や気配を吸収する。永遠に思える静寂。厳しくも美しい冬。 生きるための自己防衛本能なのかは知らないが、私たちの記憶のほとんどは自動的に美化される。だが彼女との思い出はい…
当番ノート 第54期
年が明けて一週間以上が過ぎた。 正月ぼけと重厚な憂鬱は最初のうちだけで、瑣末な事柄を一つずつ対応していくうちに、休暇なんてながい夢だったのではないかと感じるくらい、するりと体が日常に戻っていった。 しかし、冷蔵庫を開けると、休暇が現実であった証拠がじっと佇んでいる。正月の名残の様々な食材。人間は時の流れに添えたが、冷蔵庫がついてきていない。これを片付けることが私の年始の課題であった。 中途半端に余…