当番ノート 第44期
目的地のある足が 異なる拍の足音を 道へ打ちこんでゆく スニーカーの四分の四拍子と ハイヒールの八分の六拍子とは 倍数ごとにふれあっては ふたたびはなれる それから革靴のアレグロを聴いたりする 打たれた足音を まちはすべて記憶しているが思い出すことはない ぼくは座って停まっている 座る身体にも目的地はあって 活動はどれもおわりを既に含んでいる いま_にしか打たれない拍 むじゃきな個別のあらわれ ひ…
当番ノート 第44期
――好きなように生きるって、どういうことなんでしょうね。 さあ……。わたし、実はあんまり好きなように生きてみたいって思ったことがないので……。 ――そうなんですか? はい。世間では「好きなことをして生きる人生最高!」みたいな空気ありますけど、困っちゃうんですよね。むずかしい。なんなら、100年くらい前みたいに、ガチガチの社会的な風潮というか、そういうものに縛られてた人生のほうが良かったかも、って思…
当番ノート 第44期
火曜日のこと。 朝、すぐ近くの商店街をいつものように自転車で通り抜ける。 駅まで行く時に必ず通るこの道は、バンや小型のトラックがギリギリ通れるくらいの道幅しかない。なので、それらの自動車と僕のような自転車とのすれ違いは、どちらかが一時停止しなければ難しい。基本的には自動車が一時停止するし、交通ルール的にそうするべきだと僕も思っている。ただ、状況によっては自転車の側が停まることもある。ルールを杓子定…
当番ノート 第44期
なにかにつけては海を見にいく。 比較的町のなかで育ったほうだからか、海のことはいまだにものめずらしく思っている。ものめずらしくて、かっこいい。波のかたちが変わりつづけ、潮が満ちてくるのをみていると、癒される、かどうかはわからないが、うっすらとうれしい気持ちになる。 一部の町のひとたちも似た性質を持っているらしく、SNSでは海や山の写真をよく見かける。町で暮らしていると、どうしても自然のものに触れず…
当番ノート 第44期
――マリさんが家出をしたのは? 10年くらいかね。 ――そのあいだに連絡は? ない。一回も。マリからはもちろんこない。俺からもしなかった。 ――心配ではなかったですか? 心配、心配ねえ。頭の片隅にはいつもいるよ。元気にしてんのかなあって。ただまあ、何も連絡が来ないってことはどっかで生きてんだろうなって。 ――マリさんは出ていくとき、何か残しましたか。手紙とか。 何も残さねえよ。前の日の夜に喧嘩にな…
当番ノート 第44期
毎年5月6日は、山へ入ると決まっている。 大学1年のときからお世話になっている集落の人たちと、山菜を採りに行く。 今年もまたその季節がやってきた。 前日の5月5日に、東京から新幹線で2時間弱。 高崎を過ぎると、街(正確には駅のある街)は数多のトンネルによって結ばれるようになる。風景は線から点へと変わる。それだけ強く印象に残ることになる各街の風景が、目的地へ一歩一歩近いづいていることを教えてくれる。…
当番ノート 第44期
「まちで詩を書く」という企画をはじめた。 町中にある屋外のパブリックスペースで詩を書く。そのあいだそれをSNS上で公開し、同じところにいっしょに詩を書きにくる人を募集する。来てくれた人にはクリップボードとペンと紙を貸し、詩を書く時間をともにする、という企画だ。 場をひらくようになって何年か経つ。 大学時代に長期インターンで作らせてもらった短歌のワークショップを皮切りに、定期的にことばのワークショッ…
当番ノート 第44期
――就職活動はいかがでしたか? こんなもんかなってなりました。結果にはそれなりに満足してますけど、でも、最後まであんまりよくわかんないまま終わっちゃった感じはしますね。 ――それはどうして? んー、就活で求められるような考え方というか、考えの土台というか、そういうものと僕の考え方が全然合わなかったからかなー。 ――たとえば、自己分析とか。 そうですね。あと、将来のこととか。3年後、5年後、10年後…
当番ノート 第44期
いつからか、人の手による、ささやかだけど確かな工夫に関心を寄せています。 先週とある駅でも見かけました。 エスカレーターを降りた先に停められていた、清掃道具を入れるカート。 見かけた時は、「クリーンカート」の「ン」から点(ヽ)が抜けて「クリーノカート」になってしまっている可笑しさにひかれてカメラを向けました。しかし数日後にパソコンで写真を見返すと、見かけた時以上にぐっとひかれてしまいました。 清掃…
当番ノート 第44期
ひとりで知らない町に行くと走ってしまう。わたしは生まれてこのかた足が遅く、走っても無用に疲れるばかりなのだが、知らない町並みに晒されているとなんだか走りたくなる。 知らない町はすこし怖い。 繁華街や大きなショッピングモールならまだいい。おだやかな町で、建売の家や、ちいさなスーパーや、ランドセルを背負った子どもを見かけると、脳がゆれるような不安感におそわれる。 わたしは生活のことが怖いのだ。 知らな…
当番ノート 第44期
――すごい量の写真ですね。 同じものを何枚も焼き増ししているから。 ――なぜ同じ写真を何枚も? 楽しかった思い出を、たくさんとっておくため。 ――これは、旅行の写真ですね。こっちは遊園地。 ――たくさんのところに行ったんですね。 7年間、一緒にいましたから。 ――天井も、壁も、本棚も、床も、写真。 ――どれも、すごく幸せそう。 幸せでしたよ。とても。でも、もういない…
当番ノート 第44期
東京・墨田区の自宅近くに、大事な珈琲屋さんがあります。 初めて訪れたのは2012年の7月。以来何かと足を運ぶようになり、その近所に住み出した翌年の春以降はさらに足しげく通いました。 2014年の春から2年間は、スタッフとしてはたらかせてもいただきました。 今もときどき、ココアを飲んでホッとしたり、マスターやなじみのお客さんとおしゃべりしてリフレッシュしたりしています。 席数30に満たない小さなこの…