長期滞在者
日々、同じ時間に起きて、同じ時間に家を出る。そんな生活が始まって、もうすぐで三週間になろうとしている。そうしたルーティンがある仕事は、実のところ数年ぶり。 先月の今頃は、今後の生活がどうなるのかまったくもって不確定だったから、毎日が不安で仕方がなかった。熊本の地震でかなりナイーブにもなっていたし、それにこの家はよく揺れる。首都高に近いし、地下には電車が走ってる。そんな、常に地面が揺れているような感…
長期滞在者
この連載のタイトルは「暁」と「人類学」という、二つの名詞からできています。どちらも何かと何かの「あいだ」に生じます。夜と朝のあいだに暁が現れるように、フィールドと母国のあいだ、生活経験と学問的概念のあいだ、他者と自己のあいだに人類学が発生する。 「あいだ」にあり続けることは、時に淋しく辛いことでもあります。不眠症者が朝の到来に怯えるように、フィールドで経験を積んだ人類学者ほど母国への適応に怯みます…
長期滞在者
何度も読みたい本があり、一度きりしか読まない本もある。 だからといって、何度も読みたい本が優れており、一度しか読まない本がダメな本だとは限らないところが不思議だ。 僕が今までに一番回数を読んだ本は、おそらく10回は読んでいるはずの、とあるノンフィクションライターのマルティニーク島への旅行記である。 マルティニークはカリやマラヴォワなどの音楽にまずハマって、その後、そこがラフカディオ・ハーン(小泉八…
長期滞在者
少し前に、都内である美術展を鑑賞した後に展覧会の感想を座談形式で記事にするお仕事がありまして、とても新鮮な体験で異なるジャンルを扱う方を交えての対話からこちらも得るものが多い機会をいただきました。収録される座談の部分は終わり、レコーダーも止まった後に、企画立案に関わる者同士、昨今の展覧会の広報宣伝の難しさについての話になりました。展覧会の観客動員数というのは、ぼくが主宰しているような小規模な会場に…
長期滞在者
5月はどうしたって、立ち尽くしてしまう。 この瞬間をよく見ていてくれたなと、思った。 ヨルダンでの日々は、フォトジャーナリストの佐藤慧さんがファインダーから見つめてくれていた。 私のアパートメントでの連載でも度々出す名前であり、近年多くの行動を共にしている慧さんだからこそ、 気付いてくれたのではないかと、勝手に思っている。 この写真が捉えていた瞬間の私は、葛藤していた。 そして、その葛藤は、その場…
長期滞在者
違和感を覚える瞬間は、多い。スマートフォンの画面を見てみる。そして、Facebookのアプリを開いてみると、そこにズラリと並んでいる、見知っている人の情報情報情報情報。こんなことが世の中で起こっているんだなぁ、と驚きや喜びがある反面、なんだろうこの投稿は…?とゾッとする投稿もある。 そこにある違和感は、「この人はこの投稿をなんのためにしてるんだろう?」という疑問から生まれる。おそらくで…
長期滞在者
4月末にこれを書いているわけだけど、ブリュッセルは時々雪もちらつく荒れ模様。寒い。プリンスが亡くなったものだから、フェイスブックには「Sometimes It Snows in April」とコメントされた降雪動画がヨーロッパのあちこちからアップされている。 この曲が収録されたアルバム『パレード』が発売されたのは1986年の春だったらしい。ちょうど30年前(!)ぼくが大学に入学した年だ。確か、ステ…
長期滞在者
たかしのたからもののこりぜんぶ2 けんちゃんいもらっただいやぶろっくすこし じぶんでつくったおこさまらんちのはた せんせいにもらったしゅりけん くりすますけーきについていたひいらぎ まだつかっていないふくろいりのようじ ごむのにんぎょう なべのつまみ はずれたばけん こたつのすいっち おかあさんがとってくれた4さいのあしがた (『たからものくらべ』より) 私はなんでも後生大事にとっておくので、家族…
長期滞在者
東京に戻ってきて、すぐに熊本で地震が起きた。それから、気持ちが落ち着かない。自分の心の中にある断層がずれているような、足元が落ち着かない感じ。ぐらぐら、ぐらぐら。落ち着きどころが見つからない。実際、ずっとめまいがするような、船酔いの感覚が続いている。外の世界はこんなに綺麗なのに、こころの中は不安でいっぱいだ。 熊本の地震が起きる、ほんのすこし前に東京が震源の地震が起きたとき、心臓が口から飛び出して…
長期滞在者
もう何度目かもわからない睡眠を終え、私は目を覚まします。しかし、そこは、見慣れたいつもの場所ではありません。窓の外からは犬と猿の吠える声がして、リアカーから溢れるばかりに積まれた豆や果物を売る物売りの口上がそれに重なる。身体は鈍く反応し、重心はちぐはぐで、バサバサ煩い巨大な扇風機が、私のことなどおかまいないしに部屋にたまった熱風をかき混ぜている。そのようにして、異郷の地で朝が始まります。 いまだ朦…
長期滞在者
この部屋の居心地が良くて、帰ってきてしまった。 当番ノート、第24期として、2015年12月から2016年1月にアパートメントに滞在した。 その日々は、私にとって、これまでの自分の生き方を振り返る大切な時間となった。 そして、数多くの新しい出会いが生まれた。 私はそれが本当に嬉しくて。 あなたともっともっと、好きな音楽の話をしていたい。 私は心の底から願ったんだ。 絶え間なく流れ続ける毎日の中で、…
長期滞在者
時間というものについて、いろいろ考えるようになった。 現在という一点があり、それは常に先につらなる未来の時間を食いつぶしながら進行していく。 過去は進んだ航路から置き去られて後ろへ消えていく。 ・・・と、つい歴史年表のような直線的な時間進行をイメージしてしまうが、もしかしたら過去は一直線に過去になるのではなく、過ぎた途端に散らばって拡散してしまうのかもしれず、現時点からどれくらい過去か、というスケ…