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3F/長期滞在者&more

ラブカ

長期滞在者

rabuka
魚類図鑑で見たラブカというサメが、怪異でカッコイイ顔貌で忘れがたく、どこかで展示している水族館はないものかと探してみた。
以前須磨水族園に標本展示があったらしいのだが今は出しておらず、残念ながらラブカは現在は関西では観ることはできないらしい。
生息する駿河湾・相模湾周辺の施設にはごくたまに生体展示があるらしいのだが、深海系の種類だけに飼育は難しく、長くは生きることができないようだ。
怪異な顔、なぜか青い目、何重にも剥き出した赤いエラ孔、長大な体。各所に残る原始的なサメの特徴。そしてなによりラブカという名前が良い。
宮崎駿の映画に悪役で出てきそうな名前である。レプカ。ムスカ。ラブカ。

魚類図鑑や画像検索で調べてみてほしい。
あの容貌で、ラブカ。
何語かと思ったら、なんと日本語なのである。

ラブカ (ら-ぶか)【羅鱶】

羅紗のような手触りのフカ(=サメ)だから、という説明を見つけたが、本当だろうか。
商業的に獲られることはないのだけれど、たまに混獲され、網を破られたりするので漁師からは嫌われているらしい。そんな迷惑な魚に手触りを褒めるような名をつけるだろうか。逆にその嫌われ感が「羅」の字に込められている気がする。
羅鱶。
悪魔的な顔貌になんと似合う名前だろう。

ところで「羅」という漢字のことである。
阿修羅、修羅、魔羅とか、なんだか荒ぶる感じがつきまとう漢字であるが、原意を調べてみたら網目とか織物、連なり、連続、みたいな意味なのである。なんとなく「ピクセル」を連想させる。荒ぶるどころかまさかのデジタル感。
森羅は森の連なり。羅紗は織物。いずれにせよ特に荒ぶった意味はないのだった。白川静『常用字解』まで調べたが、べつに荒ぶっていない。
阿修羅や魔羅のような一見荒々しげな語は外国語からの音写である。音を使われているだけ。ラと読む漢字は少ないので重宝されたのである(阿修羅はサンスクリット語の「アスラ」が元。修羅は阿修羅の略。魔羅もサンスクリットの「マーラ」)。
ラブカを触ったことがないので偉そうには言えないが、どうにも「手触りがいいから羅鱶」というのは信じがたい。「網」を破るから、いや、やはりあの顔を見たら「修羅的な鱶」だから、と思いたくなる。
阿修羅鱶。修羅鱶。羅鱶。

字典で「羅」を調べたついでに、各社の国語辞典で「ラブカ」を引いてみた。
一般的な大きさの国語辞典には、みごとに一切載っていない。
図書館に出向いて『広辞苑』以上の大きな辞書を調べてみるとさすがに収録されていたが、一般レベルの日本語としては認知されていないということである。
いくつかの辞書で気づいたのだが「ラブカ」のあるべき場所は「ラフカディオ・ハーン」の前である。
また怪異に近づいた気がする。ラフカディオ・ハーンの書く羅鱶の物語。妄想は広がる。
harn
( ↑ 嘘ですよ )

・・・・・・

せっかく図書館にまで足を運んだので百科事典系にまで手を伸ばしてみる。
尼崎市立図書館にあるものでラブカに関して一番詳しかったのは小学館の『日本大百科全書(23)』(1988)と、平凡社の『世界大百科事典(29)』(1988/2009)である。字数を正確に数えたりまではしなかったが、感じとして同量くらいか。600~700字といったところだと思う。

さて、結局、ラブカに関して一番詳しい事典記事は何か。
Wikipediaである。
そう、紙事典惨敗。Wikipediaは小学館や平凡社の百科の何倍もの字数を割いてラブカを解説してくれる。

wikipedia 「ラブカ」

それはそうだろう。
全20巻なり全30巻なり、いくら長大であっても、普通の百科事典で1項目に割ける紙数には限度がある。全1000巻の百科全書を出せる出版社も買える人もなかなかないだろうし、仮に1000巻を費やせたとしても、それでも世界は語り尽くすことができない。
現実的な話、◯百字以内でお願いします、というような制限の中で執筆者に依頼されるものと思われる。ラブカの大きな特徴である「あらゆる脊椎動物の中で最長の3年半という妊娠期間」の話すら、紙の百科全書には触れられていない(1988年当時わかっていなかったのかもしれないが)。
それがwikipediaになると、そんな物理的制限は必要がない。
電子書籍には興味が持てず、紙の本以外は本とは認めん! と我を張ってきた僕ではあるが、こと百科全書になると、どうにも電子百科には勝てっこないと認めざるを得ない。

紙本百科にはラブカ科は1科1種とあるけれど、wikipediaでカグラザメ目を引くとラブカの他にAfrican frilled sharkというものが追加されている。亜種ではなく別種であると最近認定されたのだろう(ラブカは英名frilled shark)。このように最新情報に適宜更新されていくのも、いうまでもなく電子百科の利点である。

これから電子百科は世界を遍く記述し尽くすべく、無限に膨大に字数を増殖させ続けるだろう。
もちろんそれでも世界はすべて文字になど変換できないのであるが。

rabuka4
( ↑ 雑な絵ですみません。著作権のある写真をそのまま引くわけにもいかず、いくつかの参考写真をもとに描いてみました)
画像

カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

不思議な生き物、ラブカについて。

不思議な生き物と書いてすぐに、不思議ではない生き物がいるかと言われたらいないと答えてしまうけれど。
それでもつい、「不思議な」と、言ってしまいそうになるくらいには不思議が詰まっていそうな生き物である。

それは本文をお読みいただければ、きっと謎めくその姿形や、ちょっとした生態の情報にもつい一緒に身をのり出してしまうと思う。「えっ、そんなに長い妊娠期間なの?!」とか。

また、名前という切り口に、妄想の広がりがおし進められる。
ワクワクはその波に伝染し、加速する。

ラブカ。わたし(レビュワー)にとっては、うっすらと名前と風貌を知っていただけの存在だった。
ラブカを全く知らないという人でなくても、そんな人も少なくはないだろう。

わたし達人間にとって、縄張りを争う相手でもないし、何か特別害を及ぼされているわけでもない生き物であり、存在の認知以上の情報を得るというのは何かきっかけがないと難しい。

本来、住み分けだけで、お互い干渉しあう必要のない生き物。
ラブカにとってヒトは、天敵ではないが、なるべく出会いたくはない生き物だろう。
対して、生きるということに全く干渉したりされたりしないくせに、ただ興味を持ってラブカに近付いてしまうことのできる、ヒト。

ラブカもラブカで不思議であるが、こう思うとヒトもヒトで相当不思議である。

紹介されていたWikipediaのページなどを見て思うに、ラブカに限ったことではないが、「ただ知りたい」という欲求をここまで他種の生き物に対して貪欲に持つことができ、それに生涯を捧いで没頭しまうようなヒト(それも人類史上、決して少なくはない数が世界中に)まで居るのだから、人間とは本当にケッタイな、不思議な生き物である。

ただワクワクと胸を高鳴らせながら、若しくは何か人間にとって利となるものが見つからないかと切実に、別の生き物の正体について近づいた人が多くいたことを、百科事典や図鑑が物語る。
「発見」した時目に見えたものが正体そのものでありながら、目にはうつらぬ微細な機能や構造にも、同じく正体を見て。
完全に理解することなど不可能であるだろうに、だからこそなのか、その旅路は一部の人間を駆り立てるのだろうが。
知恵を絞って仮説を立ててはそれを打ち砕く事実を自分らに突きつけ、唸り、捻り、痺れながら、途方のない先の一歩を噛み締めてわらったり泣いたりする。
そんなような人々がきっと世界のあちこちにいて、日夜何かに駆り立てられながら自分を駆り立てているのだろう。また、そんな自分とは別の人間にも、こうして想像をしてみたりして。

普段見ることも触ることもない別の生き物に想いを馳せる。
馳せられた方はそんなことなどお構いないのかもしれないし、たまったものではないのかもしれない。
だが、どうしたってこのコンテンツは人間が人間である限り終わらないように思える。

そこに見たのは、終わらない旅や物語りを求め、愛してしまうヒトの性である。
ラブカは同胞の身を幾らか犠牲にしてまで知りたかったわけでもないだろうが、ラブカらの動物によって明かされた、一つのヒトというものの正体なのだと思った。

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