ギャラリー・カラバコ
ポストに入っていた鍵を握りしめて、部屋を出る。 風がわたしの息をふさぐ。 路地の灯りに照らされた私の影と、街路樹の影が、長く道の先で交わりながら踊る。 あ、そうか。 今日は満月なんだな。 満月のひかりは、満月の前の日や満月の次の日のひかりと、どうしてこんなにも存在感が違うのだろう。 「ギャラリー・カラバコ」の扉をそっと開く。 そこには、前回の『縫い目』とは違う作品がかかっていた。 — 「つむじ」 …
長期滞在者
山内マリコ『選んだ孤独はよい孤独』(河出書房新社) 山内マリコさんの小説は、いつもタイトルが素晴らしい。 『ここは退屈迎えに来て』『アズミ・ハルコは行方不明』『さみしくなったら名前を呼んで』……。どれも初期の作品だけど、耳に残る七五調で、短歌のように数文字で作品世界の色合いがしっかりと喚起される。 『選んだ孤独はよい孤独』というタイトルも、この初期の作品たちと同種のリズムを備えている。 でも、浮か…
長期滞在者
目の前の暗い地面から潜水艦のようにせり上がった黒い小さな楕円体が急に地面からちぎれて駆け去った。 あわてて自転車をとめて行方を目で追うと、小さな小さな黒猫だった。 あまりに小さいので猫らしくなくて、まるで機械仕掛けの偽猫のようだったが、地面からちぎれて出現したのと同じように、道路脇の茂みに溶けて消えた。 ◆ 新撰組の沖田総司が肺結核で隊を離れ、知り合いの植木屋で療養生活を送っていたとき、庭に毎日黒…
長期滞在者
今では遠く離れた友人知人のことも、SNSのおかげで距離を感じさせることなく近況を知ることになり、実際に久し振りに会う人でも、あんまり久し振りの感じがしなかったりする。20代の頃、高い遠距離通話料金が払えなくて、いつ来るかわからない地元の友人たちの手紙がポストに届くのを、気長に待つのが辛うじての交流という時代を経験した身からすると、どちらかといえば便利な世の中になったと思います。先日もタイムラインで…
長期滞在者
昨年の4月のこと。ラジオレッスンの新入生の生徒が、レッスン後に1人でそっと近づいてきて、こんな質問をされた。 「先生、韓国のアーティストを好きなことをあまり話さない方がいいですよね?」 「どうして?」 「だってネットとかには、韓国のことを悪く言う人が多いから、私が韓国のアーティストを好きだというといろいろ言われちゃいますよね?」 「何を言っているの! あなたが好きなことは堂々と話していいんだよ。自…
長期滞在者
土曜でもいいし、連休のなか日でもいい。とにかく、きょういちにち休日をめいっぱい味わって、気心の知れた友人たちと、夜ごはんを食べたりなんかしながらゆったりおしゃべりして、そろそろ終電に近いような時刻に帰宅している。明日もお休みだから、ちょっとくらい遅くなっても大丈夫。 休日の街の空気には、ざわざわした人の気配やおいしそうな匂いが混じっている。この空気を吸いこんでいるだけで、自分まで、どことなく有意義…
Mais ou Menos
———— まちゃんへ 最近、考え方を変えようと意識している。 先月は仕事もまだ慣れていないからかもしれんけど、気持ちが落ち込むことが多かった。自分なりに自分を見つめ直して、今までの自分の考え方のクセについて分析した。 まず、自分の性格の特徴としては、 1. 内向的なため、一人の時間が必要。 2. HSP (Highly Sensitive Perso…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
この連載のはじまりで、私が東京で最初に暮らしたアパートでの不思議な出会いに少し触れた。東京の外れの女子大に通う5人の女の子と、ひとりの初老の外国人の共同生活の話。最初このお話は「あっさりと語るべきだ」と思った。あまりに強烈な愛情と衝撃が渦巻いた、この時期を経て私は完全に違う生き物になってしまったと言わざるを得ないような時期の出来事だったから、その場にいなかった人も耳を傾けてくれるように「できるだけ…
Do farmers in the dark
まえがき〜 今回はすでに色んな人がとても多くの場所で書いたりしている、意識というテーマについて、より退屈でつまらなくした話を載せます。ではよろしくお願いします! ↑最近アジフライがとても食べたいです do farmers in the dark 第2話 意識を持った猿のおもちゃの電源を切った日 妻にミニバンを運転してもらい、僕は後部座席で意識を持った猿のおもちゃと戯れている。猿のおも…
長期滞在者
私はすぐに疲れる。大声を出す人間、人のことを平気で悪く言う人間、刺激的な音や色や情報、そういったものに触れるとげっそりしてしまう。 だからこの家の住人の親切心と自立具合、静かに営まれる生活に私はとても助けられていると思う。 誰かが私と同じように日々を生きている。その息遣いを感じるだけで、私はほっとする。 6月1日(金) そろそろ日付が変わる頃。家にいるのは今井君と昴君と私だけ。 今井君はかれこれ2…
お直しカフェ
こんばんは。はじめましての人が大半だろうに、でも身近な人や、遠く離れた友人にも読んでほしいなと思って、それでどちらかというと近況報告のような心持ちでこの連載を再びはじめます。毎月7日の更新。07でお直しの日だよと、恥ずかしげもなく意気込んでいます。 暮らしお直しの真っ最中です 昨年の当番ノートの終わりに宣言したとおり、年末に会社をやめて、家にいる時間や、福島で過ごす時間、遠くに出かける時間が増えま…
長期滞在者
さて、そろそろ夏である。 夏であるからにはもうすぐ休みを取り海に行くであろう。 おそらくそれは南仏あたりであったら素晴らしいであろう。 そして海パン一丁で海辺に寝そべったり、 そこに大きなタオルを羽織ったくらいの格好で海岸を徘徊したりするであろう。 今ちょうどそのための旅行計画などを立てているところなのだが、 特にそういったビーチ関連の状況を想定するたびに 前回取り上げた問題が心に引っかかるように…