当番ノート 第28期
カレーは、あおいが作ることになった。 狭い台所では二人立つのが厳しいので、私はぼんやり後ろ姿を眺めていた。じゃがいも、にんじん、たまねぎ、余っていた鶏むね肉。あおいは一口サイズが好きなのだと言って、どれも細かなさいの目に切った。だから、あおいのカレーはいつもじゃがいもが溶けがちなのだけど。焼き目を入れたあとは軽く煮込んで、カレー粉と小麦粉を入れた。 手持ち無沙汰だった私は暇つぶしに動く。ご飯…
当番ノート 第28期
「ぼうやはこれがなんにみえる?」 おかあさんと木苺をつんで遊んでいたら 不思議なかたちをしたのがたくさんあった 「ねこのお耳みたい」 心の中でそう思って うーんと言ったら おかあさんは 「ずうっと昔、ぼうやにはじめて会ったときの、ぼうやのあんよみたいよ」と笑っていた 嬉しくなったあと ちょっと恥ずかしくなって 真っ赤な飴玉をひとつ ごくんと飲み込んだ 「ねえ、これ似合う?」 仲良しのしろうさぎが …
当番ノート 第28期
馬鹿だ、と僕は心の中で自分に向かって毒づいた。目の前には下品な色をした看板が光っていた。 男性客に女性を添い寝をさせるという怪しげな店の前に、僕は立っていた。オプション料金を支払えば「できること」が増えるという。スーツを着た店員が、僕のすぐ側にいる男に入店を勧めていた。喋り方がいやに丁寧で、それが彼の胡散臭さを際立たせていた。それにしても彼はどうしてこんなに暑い中、黒いスーツなど着ていられるのだろ…
当番ノート 第28期
以前からもあったが、 この頃、韓国で美容師をしたいと言う人からの連絡がすごく増えてきた。 自分が韓国で美容師をしていると言うことと maruni hairの認知度が上がってきてる証拠だから嬉しい。 けど、韓国で美容師をなぜしたいのだろうか? その理由によっては動き方が変わってくると思う。 自分は韓国でお店をするからとオーナーから誘われて来たので 言い方は悪いが韓国に興味…
長期滞在者
武庫川の河原で、ボロボロの羽の、見るからに瀕死のジャコウアゲハが2匹、交尾していた。 下になってるオスは、もう生きてないんじゃないかと思われるほど生命感がなく、実際ずっと観察していても動かない。上になってるメスも瀕死状態だが、じっくり見ているとたまに反応があり、少なくともこちらは死んではいない。 瀕死で交尾。 これはつい 「死にそうになりながらセックスしている」 という人間の言葉に訳してしまいがち…
当番ノート 第28期
お疲れ様です。 僧侶の鈴木秀彰(すずきひであき)です 今回で第3回目。 前回は、なぜ「人の一生に寄り添う僧侶」というテーマに出会ったのかについてお話させていただきました。 以前働いていたホスピス病棟で、臨終の間際にいる人たちと関わった経験から、その人たちが亡くなった後の供養のためでなく、その人たちが生きている”今”を支える関係性をいかに構築していくかが大切だということを学んだのです。 そんな僕は、…
当番ノート 第28期
めぐを姉のもとへ送って病院を出ると、入口のそばに見慣れた黒い大きなバイクが停められていた。そしてバイクに乗っているのは、この島でただひとりしかいなかった。 「ときこ」 ハスキーな声が私を呼ぶ。振り返るとまさにバイクの主である、あおいがそこにいた。メタルバンドのTシャツに、革のパンツ。年中黒い格好をするあおいは、白い肌と赤茶のショートカットだけがやけに明るい。 「あおい、どうしてまたこんなところ…
長期滞在者
今年の春頃、新宿ニコンサロンでの個展を終えたばかりのニーモ君が、ちょっとした実験の個展をやりたいと相談に来ました。その結果、先週の8月4日〜7日までクロスロードギャラリーで開催された「あなたが写真を好きだから。あなたも写真を好きならば。」という、ちょっと変わったタイトルの展覧会になりました。 1枚の写真だけを飾った展覧会で、その写真も本人が製作したものではなく、ニーモ君の親戚から送られてきたものだ…
当番ノート 第28期
コーヒーカップの湯気の向こうにいる妻に向かって 「おめでとう」と言ってみた。 トーストにブルーベリージャムとクリームチーズを塗りながら 「何が?」と返しちらりとこちらを見る、彼女の少し冷たい目線が僕は好きだ。 「今日、何かの日だっけ?」 「なんとなく。きみを見てたら『おめでとう』って言いたくなった。大安吉日土曜日の朝。天気もいいし。なんとなく。」 「ふーん。」 そう一言言い放った後、妻はプチトマト…
当番ノート 第28期
薬の量を増やしてからしばらくすると、悪夢を見るようになった。暗闇の中で誰かに追いかけられる夢だ。足音だけが聞こえてくる。僕はひたすら走り続ける。細かいところは思い出せない。目が覚めると大量の汗をかき、疲れ果てている。 「たまにいるんです、そういう人が」 医者は気の毒そうに僕を見た。 「どんな夢を見ますか」 僕はもう一度今朝見た夢を思い出そうとした。けれど記憶には暗闇と足音以外何も残っていなかった。…
長期滞在者
どうしても書けない文章があった。 それはヨルダンに行く直前のこと。 批評家、随筆家の若松英輔さんによる講座、「思考と表現」に参加した。 その日は、アラン『幸福論』をテキストとして、言葉に向き合う時間だった。 この本は、私にとって、真っ暗闇の中に光が射しこんでくるような一冊で。 誰とも話したくないような時は、海辺でよくこの本を読んでいた。 この講座で「幸福のプロポ」を書いてみるという課題が出た。 書…
Mais ou Menos
まちゃんへ 最近本当に暑いね。 何だか熱中症気味なんかしらんけど体がダルイです。 先日、こっちに引っ越してきて初めて、大き目の映画館に行った。 何を見に行ったかというと『シン・ゴジラ』。なんか唐突に見たくなってすぐにチケット取って見に行った。 映画の内容はもちろん面白かったんやけど、改めて自分は“映画館で映画を見る”行為に幸せを感じるということがわかった。 家で見るのも良いんやけど、映画館で映画を…