当番ノート 第50期
脱いだ靴がバラバラになる。 授業の開始時間が数分遅れる。 気がつけば買ったじゃがいもは芽を生やしている。 お酒を道の真ん中と電車で飲んでいる。 脱いだ服は床に散らばるばかり。 (気が向いて、脱いだパジャマを畳んだいつしか昔には母親から「今日自殺するんじゃないかと思った」と驚かれる。) アパートメントで書きませんかというお話を頂いてから、書くテーマを考えていた。ヨガと演劇と療育、これが自分の生活の多…
当番ノート 第50期
ヨルダン北西部の古代遺跡「ウンム・カイス」を訪れた。 ローマ帝国の軍事基地として栄えたこの地からは、パレスチナとイスラエル、そしてシリアとの国境が見渡せる。国境を巡って争っている場所と言った方が正しいかもしれない。 ウンム・カイスから北の方角を見て撮影した写真。正面に見えるのがチベリアス湖。その右側にはゴラン高原が広がり、イスラエルとシリアが主権を争っている。 雲一つない快晴。ゴラン高原の奥にはう…
当番ノート 第50期
桜も見頃を過ぎた4月、父の一周忌を迎える。 本当はたくさん人を呼んで悼みたかったが、高齢者ばかりの親戚で集わない方が賢明だろうということになり、家族だけのほんの小さな集まりになった。 —– 昨年の今頃、父は闘病のすえに、旅立っていった。 最初は半身麻痺から始まって、徐々に体のコントロールが効かなくなり、できないことが増えていった。 良くなる方と悪くなる方の岐路があったとき、…
当番ノート 第50期
「なんで逗子を選んだんですか?」 「そうですね、肌が合ったとしか」 東京から1時間、海を見に来たという20代半ばの黒髪ショートボブが似合う女性は、暮らす街を選ぶ理由について期待した答えを得られず、すすっと珈琲をすする。 逗子で編集者夫婦により土曜日だけ開店する「アンドサタデー珈琲店」で、何百回と交わされては一度もスイングしたことがないこの会話。 どうして自分たちはこの街で暮らすことを選んだんだろう…
当番ノート 第50期
アパートメントに入居しました、中野目崇真(なかのめそうま)といいます。 最も長く続けてきたことは、3歳から始めたタップダンス。表現にすることもあれば企画にすることもあります。2016年頃からはジャンルとフィールドを広げながら音を基軸に音楽へと昇華させたり、文脈を描いたり写真に納めたりもしています。 考えと思いを文章にして伝えることがとても苦手なので癖がでてくる場合もありますが、捉えにくいところがあ…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
「しょぼい喫茶店」と書かれたドアの鍵を開けたら、まずはじめにごはんを作る。わたしがここで働くのは十八時から二十一時半、お酒を飲むお客さんもいるけれど、メニューはごはん一種類だけ。サイズがちょっと小さめになっても、高校生でも払える値段で。カウンターだけの小さな店とはいえ、ひとりで働くにはそれがちょうどいいところだった。 カウンターの中からは入り口が見えないけれど、お客さんがやってくるとドアの音でわか…
当番ノート 第50期
思いがけず、6年ぶりにここで書くことになった。前回も同じ4月頭に始まった。今回は前回より7日だけ早い4月1日から。東京の桜はもう盛りを過ぎてしまっただろうが、やはりこの日から春が始まる感じがする。4月はそんなワクワクドキドキ感があるのが良い。 いやー若いな、6年前の自分笑。ざっと6年前の記事を見返した。考えている事に大きな変化はないかな。ただ、変わった部分もあるのだろう。人は変わる、成長し、退化し…
当番ノート 第49期
あなたは静かにそこに立ち 入れ替わる季節を眺めている 失うべきではなかったものをあなたの口に詰め込んだら破裂する静けさの中、あなたはわたしに背を向けてただひとりで生きている。(ように見えた、とても。けれどそれは間違いでもあった。) / 透けた日差しから明日が始まり 日々が少しずつ積み重なって綴られていく / 花束をください。両手たくさんの 持ち合わせなかった温もりを あなたがわたしへわたしがあなた…
当番ノート 第49期
世界がすこしずつ混乱しはじめて、しばらく経つ。年明けにはアメリカとイランの間で戦争がはじまるかもしれないとざわめいていたのに、そんな雰囲気はどこか遠くへ。SNSでは真偽のわからない情報があふれ、何を信じればいいかもはやだれにもわからない。 ここで暮らしのノイズというエッセイを書き始めた先月から、世の中は大きく変わっていった。 この雰囲気をもって思い出すのは、東日本大震災のときのこと。毎年3月11日…
当番ノート 第49期
死んだことないくせに「死にたい」ってどういうことなの。 *** 気づいたら、生まれていた。生まれたいと思って生まれた覚えはない。だから、死ぬときも同じ。死にたいと思って死ぬわけではない。反対に、死にたくないと思っても、死ななくてはならない。生きているものはすべて「生まれて死ぬ」という同じ形式を踏んでいる。 人は、死ぬより生きている方がいいと思っている。だから「命を大切に」とか「生きていればなんだっ…
長期滞在者
今月はとにかくよく走っていた。 といっても仕事や余暇を鬼のように充実させていた訳でなく、文字通りよくランニングをしていた。 特に大会に出る予定は無いし、時間を測って走ることもしないし、距離を伸ばしていくこともしないが、走って汗だくで家に戻ってシャワーを浴びた後の爽快さを味わいたいがため、また寝る前にふくらはぎの筋肉痛の気持ちよさを味わいたいがため走っていた。 実家の近くに住吉川という川があった。上…
当番ノート 第49期
うつくしいものだけが子どもを産める世界であなたがわたしに口付けをする うつくしいものだけが生命維持を許される世界でわたしはあなたにメスを当てて二重のまぶたを作り上げる うつくしいものだけが溢れた街中でわたしは皆と同じに見えるようおんなじワンピースをきて回転する わたしはあなたを殺めました それは裕福で幸福であっただろう時間だとか年齢だとか若さだとか知識とか知性とか理性とか本能とか性欲とか前向きな心…