長期滞在者
以前、このアパートメントに当番ノート第7期火曜日担当として書いていたときの文章に『摩擦係数 (μ) 』というのがあります。 皮膜一枚の内と外。 自分と世界を隔てるもののあやふやさ。 でも人はこの皮の中で生きて死んでいく。 物理的な意味でも、陳腐を承知で比喩的な意味でも、自分と世界の関わりはこの皮に生じる摩擦係数の物語である。 その摩擦を、親和を、振動を、温度変化を、痛覚を、愉楽を、違和感を。 それ…
メニハ ミエヌトモ
そう言えば、それは幼い頃から始まっていた。 確実に存在しながらも見えないものに常に興味を抱いていたと言っても過言ではない。 身近な所で言えば、風であったり音であったり。 風の姿は目には見えないけれど確実に存在する。 風は木々を揺らし、花を揺らし、これまた目には見えないけれど 確実に私に言葉にならない「何か」を囁き続けてくれていた。 子供の頃から本当に素敵だと思っていた。 音だってそうだ。 音の存在…
長期滞在者
働いていたカフェが閉店した。 駅前の美術館の三階にあって、一階には市民図書館、美術館内には市民ホールが併設されていたから、平日は、図書館に通っている人やご近所さんが、お昼やお茶休憩をしながら過ごし、休日は美術館に訪れる人たちが足を運んでくれたし、ホールでピアノ発表会や、あとはフラダンスやジャズの演奏会があるときには、ドレスやタキシードを着たこどもたちとかそれぞれの衣装を着た人たちで店内がいっぱいに…
長期滞在者
どこかよくわからないが、郊外のどこにでもありそうな街の景色が淡々と綴られた、小さくて軽やかな体裁の写真集が手元にあって、少し前から気になっている。 たぶん、飼っている犬の散歩の道程で写したものが収められているのだろう、早春のまだ肌寒さを感じる朝のひと時、肌に感じる空気の冷たさとか、どことなく前の日を引きずりながら、気持ちを今日に切り替えようとする何となくもやもやした気分みたいなものが、写真を通じて…
長期滞在者
あなたに言葉を送る時、私はどんな顔をしているのだろう? 深い夜の時間が好きだ。 誰もが寝静まって、朝になるまでは仕事の連絡はまず入らない。 携帯に届く連絡は、極めてプライベートな人間のみとなるこの時間を、私は一日の中で最も好んでいる。 お気に入りのバスソルトをたっぷり入れた湯につかり、 物語の世界に没頭できるような本のページをめくって汗をかき、 オレンジの精油が優しく香るシャンプーで髪を洗い、 季…
Mais ou Menos
————— まちゃんへ 入院お疲れ様でした。 まちゃんの検査入院は、2回目だったから、もう何となく流れはわかってたけど、やっぱり心配でした。検査結果はまだもう少し先やけど、脳のことやからどうなるか心配です。心配しすぎてもあんまり意味ないかもしれんけど、心配です。 私はというと、少しずつですが、自分を楽にするような考え方、動き方を実践しているところです。仕事も探しているけど、なかなかすぐには見つから…
当番ノート 第41期
Tîrgu Mureș 私の住む街、黒海近くのconstantaよりバスで12時間かけて トランシルヴァニア地方にあるTîrgu Mureșという街に公演に行ってきた。 constantaとは全く違った雰囲気の街。 まるで違う国に来たよう。 海の近くで開放的でジプシーも多く、人々のしゃべる声も大きく、混沌としているconstanta。 Tîrgu Mureșは山に囲まれた静かで綺麗な街だった。 オ…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
見知らぬ女の子を家に泊めた、そんなことを最近思い出している。 彼女とはmixiを通じて出会った。どうしてコンタクトを取るようになったのかはすっかり思い出すことができない。大学2年生の頃だったように思う。彼女はひとつほど年下の京都の美大生だった。 思い出せる最初のやりとりはこうだ。 彼女が東京に遊びにくるという時に、mixiで知り合った見知らぬおじさんの家に泊めてもらうという話を聞いて「ちょっと待っ…
当番ノート 第41期
東京に30年、そして京都は嵐山に2年住んだのち、大阪に移ることを決めた。 大阪には、学生の頃から10年ほど通い続けていて愛着があった。ゆかりの深かった大阪市南部にも憧れがあったが、北部のターミナル駅である梅田に徒歩で出られることを条件に物件を探した。東京は23区を二分して語る場合、下町感のある東部と、副都心とよばれる新宿・渋谷・池袋などの街を含む西部とに分けて語るのが一般的だが、大阪は南部と北部と…
Do farmers in the dark
こんばんは!今回は前々回に載せた漫画のような紙芝居のような話の続きを載せています。しかし前回以上に今回全く話は進んでいません。すいません。宜しくお願いします! オレンジ色の部屋に住んでる <前回までのあらすじ>〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 オレンジ色の部屋、暑い 仕事に行かないと 向こうの煙が出ている工場に行くんだ 二匹の犬はいつも僕を噛みます くそ!痛いな! あと…
長期滞在者
家族や友人にあらゆる種類の距離感が存在するように、シェアハウスも住人の距離感は多様だと思う。 私が住む家はパーティーといった類のことをしないので、住人であらたまって集まるのは何かを意思決定する必要のある住人会議のときだけ。それ以外は好きなときやタイミングが合ったときに話すくらいだ。 私にとってはその距離感が居心地良いと思っていたけれど、最近ちょっと鍋をしてみてもよいかな、と思う。そういえば昔、庭で…
お直しカフェ
築地がなくなってしまった。天まで積み上がった発泡スチロールも、これぞブリコラージュと言わんばかりのロフトも、ビールケースの椅子もガムテープで補強しまくりの荷台も、もうじきに全部全部なくなってしまう。 私は何かがなくなってしまうことがたぶん人よりもだいぶ苦手だ。それは、今年の春、近所のお蕎麦屋さんが火事で全焼してしまったときに、友人から指摘されて改めて気づいたことでもあった。火事現場の前が辛くて通れ…