長期滞在者
家族や友人にあらゆる種類の距離感が存在するように、シェアハウスも住人の距離感は多様だと思う。 私が住む家はパーティーといった類のことをしないので、住人であらたまって集まるのは何かを意思決定する必要のある住人会議のときだけ。それ以外は好きなときやタイミングが合ったときに話すくらいだ。 私にとってはその距離感が居心地良いと思っていたけれど、最近ちょっと鍋をしてみてもよいかな、と思う。そういえば昔、庭で…
お直しカフェ
築地がなくなってしまった。天まで積み上がった発泡スチロールも、これぞブリコラージュと言わんばかりのロフトも、ビールケースの椅子もガムテープで補強しまくりの荷台も、もうじきに全部全部なくなってしまう。 私は何かがなくなってしまうことがたぶん人よりもだいぶ苦手だ。それは、今年の春、近所のお蕎麦屋さんが火事で全焼してしまったときに、友人から指摘されて改めて気づいたことでもあった。火事現場の前が辛くて通れ…
当番ノート 第41期
お客さんと一緒に踊る 昨日は美女と野獣の舞台だった。 今シーズン初めての上演で、今月に後2箇所違う街で公演がある。 私達の街の劇場Teatrul National de opera si balet Oleg Danovskiでは 毎回温かい拍手で迎えられる。 昨日もスタンディングオーベーション。 客席に明かりがついた時、主役はお客さんだと思った。 毎回同じ場所に座ってるおばあちゃんが昨日も来てい…
当番ノート 第41期
東京を出て京都に住むと決めたとき、なかでも嵐山という場所を選んだのは、ほとんど衝動的な選択だったように思う。 転職予定だった勤め先へのアクセスがどうかとか、想定していた家賃の範囲で希望するような生活ができそうかとか、チェックポイントはいくつかあった。それでも、その頃のわたしはとにかく、長年生活した場所から逃げてゆっくり休むことを望んでいた。 最近ようやく正直に話せるようになってきたけれど、引っ越す…
長期滞在者
10月1日から、また入院する。 これまでホルモンの補充療法を続けていた中枢性尿崩症とは、まったく別の難病を発症している疑いがあり、再度一週間の検査入院することになった。1ヶ月前にはこんなことになるなんて想像すらしていなかったけれど、今このタイミングで入院することになってよかったとも思う。正直にいうと、自分の体が少しずつシャットダウンしていっていることには、少し前から気づいていたし、自覚症状はたくさ…
当番ノート 第40期
徳川三代目の将軍である家光期に発令されたとされる慶安御触書(けいあんのおふれがき)には、「百姓は財が余らぬよう、不足しないよう、死なぬよう、生かさぬように」といった農民統制の指針が32か条にわたり記されています。農民の意識を政治へと向けないための、いわゆる愚民政策として発布されたこの触書は、少なからず当時の農民たちの生活に影響を与えたといわれます。そのような規制下でも禁止されている絹製の下着を着用…
当番ノート 第40期
正直に申し上げます。わたくし、お部屋をじょうずに片付けられません。 部屋は人となりを表すと申しますから、誠に遺憾ながら人となりとやらがトッチラカリのシッチャカメッチャカであることは、日々につけ痛感しておるところです。 こんまり先生にお世話になろうとは一度ならず思いました。ときめくか、ときめかざるか、それが問題ですよね。ええ仰ることはわかります。しかしながら生まれてこのかた整ったお部屋で暮らしたため…
当番ノート 第40期
あそび【遊び】 ①遊ぶこと。遊戯。 ②猟や音楽のなぐさみ。 ③遊興。特に、酒色や賭博をいう。 ④あそびめ。うかれめ。遊女。 ⑤仕事や勉強の合い間。 ⑥(文学・芸術の理念として) 人生から遊離した美の世界を求めること。 ⑦気持のゆとり、余裕。 ⑧機械などの部材間・部品間に設ける隙間。 あそ・ぶ【遊ぶ】 日常的な生活から心身を解放し、 別天地に身をゆだねる意。 神事に端を発し、 それに伴う音楽・舞踊…
長期滞在者
ライターという仕事をしているのに、人と話すのが苦手だ。正確に言うと、できないというより、強烈な苦手意識がある。 インタビューなどであらかじめ決められたテーマがあるときはまだいい。でも、お互いに「これからこの話をしますよ」という前提が共有できていないと、途端によそよそしくなってしまう。正直、視線を合わせることもできなくて、目が泳ぎまくっていることさえある。 雑談が苦手なのかもしれない。そうしたコミュ…
当番ノート 第40期
「使えば使うほど味が出る〜○○」なんて、意味がわからなかった。 だって新品のバッグのほうがかわいいし、 「味」ってどのへんのことを言うんだろう、なんて思っていた学生の頃。 そんなわたしがはじめて「使えば使うほど〜」なものを買ったのは、新卒のときだった。 無印の、やさしいキャメルブラウンの色をした革の名刺入れだ。 わたしは当時、本社とは別のオフィスで働いていた。 それもあり、入社してからお客さまにお…
ギャラリー・カラバコ
中秋の名月の昨日、ギャラリーの鍵が届くのを私はなんとはなしに心待ちにしていた。 けれど、届いたのは今日。 満月が中秋の名月とは、限らないのだって。 満月のひかりは特別で、とおくでだれかが歌っているような音がする。 〈前回までの展示〉 『縫い目』 『つむじ』 『鏡』 — 「耳鳴り」 絵: 古林希望 文: カマウチヒデキ ーーーー 共通のタイトルだけを手がかりに2人の作家が絵と小説を別々に制作し、掛け…
当番ノート 第40期
窓を開けると、誰かが洗濯機を回す音が聞こえた。秋の風が涼しげに通り抜けていく。 いく層にも重なった生活音。同じアパートメントに住んではいても、顔も知らない、声も分からない。近くにいながら、全く別な時間を過ごしている。名前も知らない息遣いの中にいる。 初めてこの部屋に来た時、自分じゃない何かになれるつもりでいた。私の思い描く、私を超えた誰か。 いつも笑っていて、楽しいことに溢れていて、悲しいことは吹…