当番ノート 第40期
「使えば使うほど味が出る〜○○」なんて、意味がわからなかった。 だって新品のバッグのほうがかわいいし、 「味」ってどのへんのことを言うんだろう、なんて思っていた学生の頃。 そんなわたしがはじめて「使えば使うほど〜」なものを買ったのは、新卒のときだった。 無印の、やさしいキャメルブラウンの色をした革の名刺入れだ。 わたしは当時、本社とは別のオフィスで働いていた。 それもあり、入社してからお客さまにお…
ギャラリー・カラバコ
中秋の名月の昨日、ギャラリーの鍵が届くのを私はなんとはなしに心待ちにしていた。 けれど、届いたのは今日。 満月が中秋の名月とは、限らないのだって。 満月のひかりは特別で、とおくでだれかが歌っているような音がする。 〈前回までの展示〉 『縫い目』 『つむじ』 『鏡』 — 「耳鳴り」 絵: 古林希望 文: カマウチヒデキ ーーーー 共通のタイトルだけを手がかりに2人の作家が絵と小説を別々に制作し、掛け…
当番ノート 第40期
窓を開けると、誰かが洗濯機を回す音が聞こえた。秋の風が涼しげに通り抜けていく。 いく層にも重なった生活音。同じアパートメントに住んではいても、顔も知らない、声も分からない。近くにいながら、全く別な時間を過ごしている。名前も知らない息遣いの中にいる。 初めてこの部屋に来た時、自分じゃない何かになれるつもりでいた。私の思い描く、私を超えた誰か。 いつも笑っていて、楽しいことに溢れていて、悲しいことは吹…
長期滞在者
笑う門には福来たる。 縁あって、1966年から放送されているテレビ番組『笑点』の公開録画にお邪魔させて頂いた。 一緒に行った人たちと後楽園ホールでの収録会場に入っただけで、みんな笑顔。 子供の頃から見たことがあるテレビ番組のセットは見ているだけでわくわくした。 ラジオでDJをしている私にとって、落語を観る時は楽しむことはもちろん、とても勉強になる機会。 声と音だけで想像して楽しんで頂くラジオトーク…
当番ノート 第40期
未来へ向けた「土台」として笠原地区における民俗芸能を提示し、今年度の奥八女芸農学校は終わりました。民俗芸能と芸術とを行き来することで日常を見つめるに、手応えを得られた仕事となりました。仕事によって今後の指針が得られることは喜びです。今回コーディネートを担っていただいた山村塾や九州大学ソーシャルアートラボの方々、そしてロシアと香港からのクリエーションメンバーにも恵まれました。ありがたい話です。 たと…
当番ノート 第40期
横浜美術館で「モネ、それからの100年」展を見た。 モネさんのこと老若男女大大大好きなの、すごくよくわかる。 前に赤瀬川原平が「描きたい気持ち」をふさふさした犬コロにたとえた話をしましたが、モネさんはまさにこの犬コロを心ゆくまで可愛がって、毎日その子の成長の記録をうれしそうに絵画に刻んでいる感じ。 歳をとるにつれだんだん目が見えなくなって怖くなって、でも犬コロは相変わらず度を超えたカワイさで仕方が…
当番ノート 第40期
はや・さ【早さ・速さ】 ①動きがはやいこと。またその度合い。 ②時刻・時期が早いこと。 テンポ【tempo】 (時間の意) ①楽曲が演奏される速度。 ②速さ。速度。 -『広辞苑 第七版』より抜粋 - 幼い頃の私はお風呂に入ることが苦手だった。 ご飯を食べた後はそのまま横になって 意識の底へと沈んでいくほうが私には心地よくて、 早くお風呂に入るようにと何度言われても どうしてもお風呂に向かう気にはな…
長期滞在者
阪急神戸線の線路北沿いの道を塚口から園田方面へ、夜遅く自転車で出発する。 山陽新幹線と阪急線が交差する複雑な高架下を掘るようにくぐったその先に、黒々と藻川(もがわ)の水面が見えてくる。 最近僕の中で流行っている「藻川西岸南下・神崎川・左門殿川から2号線コース」(塚口発着で約15km)である。 ここは藻川に散らばるもこもこした中洲群がなんだかシュールな影絵を形作っていて、昼間に通っても不思議な景色な…
当番ノート 第40期
きっとこの先ずっと超えられない絵がある。 今の実家に移る前の古いアパートの一室にある父の部屋。 わたしが幼い頃から、そこは研究室みたいでもあり、図書室みたいでもあった。 大量の分厚い本が本棚から溢れ、まだ箱みたいな奥行きの分厚いパソコンが鎮座する。 幼いわたしはいつもワクワクくして父の部屋をのぞいた。 父の本をかたっぱしから手にとっては、漢字も読めないのに読みたくて四苦八苦する。 難しい本ばかりな…
当番ノート 第40期
あまり胸を張って言えることではないけれど、生きているだけで褒められたいと思って生きている。 朝起きること、ご飯を食べること。花の水をかえて、枯れたら新しい花を買ってくる。またご飯を食べ、皿を洗い、片付ける。部屋を掃除する。お風呂に入り、そして眠る。 穏やかな毎日を過ごすのに、あまりにもたくさんの物事をやり遂げて、積み重ねていかなければいけない。それはやっぱり、褒められるべきなんじゃないかな、と思う…
長期滞在者
いくつかの作品を引き取るために、先日 レジェンドと呼んでも差し支えない作家さんのご自宅へ行ってきました。今はご遺族がプリントと原版の管理をされているが、アトリエを処分してしまったので、自宅のマンションに棚をたくさん入れて、50年分の写真のことを全部収納してるということで、実際行ってみたら、自宅の一角どころか、自宅の大半がその作家さんが残した作品などで、むしろ塊の中で暮らしているようにも見えました。…
長期滞在者
わたしにとっては、その年はじめて茄子を食べた日から、夏が始まる。旬の茄子を手にとって眺めてみてほしい。太陽の強い光がぎゅっと濃縮して、それでかえって漆黒になってしまったかのような、つやつやとした紫色をしている。光にちらちら当ててみると、深い水の底をのぞきこんだときのように、紫色に深みを感じることができる。キュッと曲がった形をしていて、切りづらかったりもするのだけれど、その型にはまらない感じすら愛ら…