9月/期待とヤバい女の子

日本のヤバい女の子

【9月のヤバい女の子/期待とヤバい女の子】

● アマテラスオオミカミ

――皆が自分を見ている。自分の働きを待っている。でも少し、ほんのちょっとだけ、10秒くらいでいいからそっとしておいてほしい日もあるのだ。

―――――

《天岩戸(古事記)》

アマテラスオオミカミは警戒していた。ものすごい足音を立てて弟・スサノオノミコトが高天原へ向かってくるからだ。スサノオは父・イザナギノミコトに命じられて海原を治めているはずだった。姉弟たちは、アマテラスが高天原、ツクヨミノミコトが夜の国と、三人で分担して仕事をしていた。
スサノオの明らかに物騒な気配。アマテラスは髪を男性風に結い直し、装飾品と弓で完璧に武装して力を迸らせながら弟を待ち受け、用件を問いただした。

「スサノオ、何をしにきたんだ」
「お母さん(イザナミノミコト)に会いたいと言って号泣していたら、お父さんに勘当された。お前のせいで治安も悪くなったと言われた。追い出されたから、あなたにお別れを言いに」

どうにも腑に落ちないので、スサノオに悪い心がないかどうか試すためのテストをすることにした。それぞれに子(神)を産み、子の様子によって心を測る。スサノオが善良そうな女神を産んだので、差し当たり結果は白、ということになった。

「ほら見ろ。だから言ったんだ。どう見ても悪い心なんてないんだよ」

どう見ても悪い心がなさそうには聞こえない発言とともに、調子づいたスサノオは威張り散らし、そこらじゅうで暴れ回った。田んぼを荒らし、アマテラスの御殿にウンコを撒き散らしたり、ひどい有様である。
やはりどう見ても悪い心がなさそうには見えない乱暴狼藉の数々を、しかしアマテラスはひとまず受け入れた。

「悪気があるわけではないのだろう。酔って吐いた汚物なら仕方あるまい。田んぼの溝を壊したのは、地面をあるがままにしたかったのかもしれないし」

そんなわけあるか!と皆が思っている間にもスサノオはますます図に乗り続け、とうとう事件が起こる。機織部屋の屋根を壊し、皮をはいだ馬を投げ込んだのだ。驚き逃げ惑う中、一人の女性が女性器に梭(ひ)が刺さり、死んでしまった。
さあ、もう取り返しが付かない。アマテラスはやりきれない、耐え難い気持ちになり、天岩戸へ引きこもる。太陽神アマテラスが隠れたことにより、世界は暗闇に包まれた。混乱に乗じて悪いものたちが台頭し、混沌が深まり始める。
それでは困るということで、神々は緊急会議を開いた。オモイカネノカミという神の発案で、作戦が決行されることになった。

岩戸の前に一人の女神が立つ。アメノウズメノミコトと呼ばれるその女神は、おもむろに胸と下半身を露出した。半裸で踊り狂うアメノウズメを囲み、数千人の神たちがいっせいに吹き出す。笑い声がこだまする。
乱痴気のような騒ぎを聞き、アマテラスは何事かと岩戸を少しだけずらして外の様子を窺った。アメノウズメの身体が楽しそうに躍動する。

「私がここに隠れて真っ暗だというのに、なぜそんなに楽しそうなんだ」
「アマテラス様、それはあなたよりもっと尊い神が現れたので、皆喜んでいるのです」

アメノウズメのこの言葉に驚くアマテラスの眼前に、鏡が突き出される。ぱっと映った顔に、とっさに注目して身を乗り出した隙に、待機していた屈強なタヂカラオノミコトがアマテラスの腕を掴み、引っ張り出す。こうして世界に再び光が取り戻された。
神々は協議の結果、スサノオに罰を与えることにした。持ち物を奪われ、爪や髭を切り落とされたスサノオは下界へと追放された。

―――――

古事記を読むたび、ずっと気になっていたことがある。この話、気まず過ぎるのではないか。
自分抜きで楽しそうなパーティが開催され、気になって隙間をあけたところを「あなたより尊い神が現れた」と突き放され、ついつい顔を出したところを引っ張り出された…なんて、なんだか居心地が悪くないだろうか。
アマテラスが外に出てきて世界は明るくなったかもしれないが、自分の機能のみが求められているような、だまし討ちにされてまんまと引っかかってしまったような、何ともいえない体験とこの先どう折り合いをつけていけというのだろう。もしこれが自分の職場で起きた事件なら、気まずくて転職してしまうかもしれない。

とりわけ、アマノウズメの行動がさっぱり分からない。
彼女はなぜ服を脱いだのだろう。『鬼が笑う』という昔話にも尻を見せて鬼を笑わせ逃げ延びる、というエピソードがあるが、今回はなりふり構っている場合じゃねえ!というほど逼迫しているわけではない。みんなで会議をするくらいの余裕がある。要は場が盛り上がればいいのだ。別に脱がなくても、いっせいに笑っているふりをするとか、ただ宴会をするとかでもよかったはずだ。
そもそも女性器の負傷による死亡事故を受けて引きこもっている人を前にして女性器を露出して踊るというのは、何というか、心のケアとしては逆効果ではないのだろうか。
それでもアマノウズメは脱いだ。そしてアマテラスは外へ出た。

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アマノウズメの裸体が引きこもり問題の解決に有効だったのは、アマテラスが男神だからだ、という説が存在する。「アマテラス男性説」である。
この「男性説」の根拠は他に、
・伊勢神宮の斎王が若い女性である。若い女性を供えられて喜ぶのは男性。
・古来から太陽は男性を・月は女性を象徴している。
・女性説は持統天皇の即位を尤もらしい印象にするためのもの。
などがある。
反対に、「女性説」もある。こちらの根拠は、
・『日本書紀』でスサノオが「姉のアマテラス」と言った。
・つらいことがあって引きこもる姿が女性っぽい。
・武装するまでは女性の髪型を結っていたから女性のはず。
などなど。割愛したが学術的なもの、感情的なものを含め、まだまだ諸説ある。

しかし、まあ、乱暴なことを言えば、別にどちらでもいいのだ。
旧約聖書の『詩篇』には《愚かな者は心のうちに「神はない」と言う》という言葉があるが、アマテラスの物語を物理的に文字で書いたのも、想像したのも、女性だと発言したのも、男性だと発言したのも、すべて人間だ。現状、人間による記録を人間どうしでdisりあっているのだとしたら、どちらにしても納得しがたい。すんなり納得できるシチュエーションがあるとすれば、それはアマテラス氏が目の前に顕現して「自分は女性だ/男性だ」と直接言ってくれた場合くらいである。そして返答としては「そうですか」以外思いつかない。本当に、心の底からどちらでもいい。

さらに言えば女性が女性の身体に興味を持たないという前提も、現代の空想にふけるときには何だか鬱陶しい。そんなわけでアマノウズメの裸体にアマテラスが性的興奮を感じ天岩戸から出た、という説はひとまず置いておこうと思う。

改めて、なぜアマノウズメはアマテラスの前に、さらには他の神々の前に、身体をさらけ出したのだろう。
みんな、アマノウズメの胸を、股間を見て笑った。神たちは全員アマノウズメを見ていた。その瞬間、アマテラスのことを見る者は誰もいなかった。

思えばこの世に生を受け、父イザナギに「一番最後に生まれたイケてる子(たち)」と言われて以来、高天原を治めるようになって以来、皆がアマテラスに期待していた。
スサノオが荒ぶって訪ねてきたときも国を代表して対峙した。アマテラスがスサノオの蛮行について寛容さを示すシーンがあるが、庇うような言い方を見ると、誰かが「アイツどうします?」と聞いた様子が想像される。アイツどうします?めっちゃチョケってるっすよ。何とかしてくださいよ。

アマテラスが天岩戸に閉じこもったときも、みんなはとにかく彼女を外に出そうとした。世界が暗くなって困るからだ。

引きこもりの理由について、様々な現代語訳が解釈されている。
スサノオを恐れて。怖くなって。いたたまれなくなって。怒って。恐縮して。古事記には「見畏」と書かれている。
私は「恐れて」という理由には少し疑問がある。最初に武装して追い返そうとしていたのだから、少なくとも力関係は拮抗、または勝利の可能性があったはずだ。スサノオに悪気がないことが神託のようなテストで示されているが、悪気がなければ何をしてもいいというものではない。人(?)ひとり死んでいる。明らかにキレていい案件だ。
しかし、自分が身内を庇ったせいで誰かが傷つけられたとき、そんな元気が出てくるかどうか、分からないなと、とも思う。
スサノオに罰を与えても、亡くなった女性は戻ってこない。元気を出そうと、前向きになろうと、仕事に励もうと、もうどうしようもないことというものはある。自分の判断のせいで誰かが死んでしまった、と彼女が自分を責めていたとしたら、正直、そっとしておいてあげてほしい。
もしもアマテラスにアマをテラす力がなければ、誰も親身になって「外へ出ておいで」と言わなかったかもしれない。そもそも、他の神々がスサノオを叱ってもよかったのではないか。最後に相談して罰を与えているのだから、神々だってスサノオに1mmも歯が立たないというわけではなさそうだ。

それでもみんなはアマテラスに、元気よく世界を照らしてくれることを、スサノオを何とかしてくれることを期待していた。期待して、見つめていた。見つめた体の中で彼女がどう感じているかはあまり興味がなかった。
視線は天岩戸に集まる。岩がかろうじて視線を遮っていた。

ただ一人、アマノウズメだけが「見る」行為でなく「見せる」行為をしたのではないか、と私は思う。彼女は服を脱ぎ、文字通り腹を見せた。誰もが「なんか大変そうやな、知らんけど」「はよ出てきたらいいのにな、知らんけど」と遠巻きに見ている中、彼女だけが行動した。
アマノウズメは「見られる」役目を一身に引き受け、アマテラスを視線から解放したのではないか。
アマテラスはそれを見て「私が隱れているから暗いのに、なぜ皆楽しそうなのか」と尋ねた。アマノウズメはさらに言う。「あなたより尊い神がいる。」

つらい目にあっているのに誰も助けてくれない。やりきれなくなって身を隠したら、自分の機能性だけを目当てに「とりあえず出て来て」と言われてしまう。
もしも自分しか責任を果たすことができる者がいなければ、それはきっと相当なプレッシャーを感じる場面だろう。このプレゼン資料を明日の朝までに自分が作らなければ。この商談を自分がまとめなければ。この家族を自分が養わなければ。この赤ん坊を自分が生かさなければ。この世界を自分が守らなければ。さもなくば破滅する。それを皆望んでいる。皆期待の目で自分を見ている。
その視線がアマノウズメの裸体によって逸らされ、その責任が「あなたよりも偉い存在が現れた」という言葉で
分散された。
それは一見ひどい侮辱のように思えるが、ほんとうは一番優しいことばだったかもしれない。だからもう一身にその責任を負う必要はない、と彼女は言ったのかもしれなかった。
ふと我に返ったアマテラスの前にさっと掲げられたものがあった。鏡だった。そこに映る像が目に入ったとき、アマテラスは久しぶりに、周囲の視線ではなく自分で自分を見た。アマテラスを見る視線がアマテラス自身のものだけになったとき、彼女は再起した。

太陽とは、銀河系の恒星である。性別はない。
地球を明るく照らし、いい感じに過ごしやすく、気持ちいい季節なんかも作って、食べ物にも困らないようにしてあげようなどという気持ちも持ち合わせていない。位置が少し動くだけで、温度が少し熱くなるだけで、私たちは生きていけなくなる。それが太陽だ。
天を照らす大いなる神。彼女は今日も眩しすぎるほど、勝手に光り輝いている。その目にはアマノウズメの白い腹が、くっきりと焼きついているかもしれない。