日一日を生きる星に生まれて。

それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。

大学生の頃、旅に出ることだけが本当に魅力的で、ほとんど大学にいない大学生だった。ユースホステルを渡り歩く贅沢をしない旅行でも旅費はそれなりに掛かるのもので、私は3つのバイトを掛け持って旅費を貯めた。

ただ、稼ぐという点においては非効率な職場ばかり選んでいたように思う。食堂の給仕兼洗い場と寂れ切った居酒屋の接客、そしてポストカード専門店の販売スタッフ。このなかで1番好きだったバイトがポストカード屋さんだった。

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ポストカード屋さんで働くことになったのは、何度かこの連載に登場している外国人と暮らすアパートの先輩が「あなたの好きなお店が求人していたよ」と教えてくれたからだった。その一言がなかったら働く縁はなかったかもしれない。そこのお店は少し変わった雇用形態で、求人が春先にしか出ないのだ。

大学生の女の子だけが雇われ、そして雇われると大概の子たちが卒業まで働く。小さいお店なので数名しかスタッフもいない。店長は中年の男性。彼がとっても変わり者なのだ。

店長は飄々としてズケズケと物事を話すけれど、優しく寛容な「日一日主義者」だった。その主義は、「帰りの中央線でお前死んじゃうかも知れないんだから、とにかく一日一日を楽しまなきゃ損だぜ。笑って生きろよ」というもので、私はここを卒業するまで耳にタコができるくらいにこの言葉を浴びせられた。それでも最初、そんなのは随分とオーバーな話だ、と半分くらいしか聞いてなかったと思う。

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働きはじめて間もない頃、私は店長に性格の暗さをはっきりと指摘されたことがあった。

そんなことをはっきりと家族以外に言われたことはなかったので私はムキになって反論したり、怒ったり泣いたりした。言われると黙っていられない私の本性を最初から見抜いて、わざと喧嘩を仕掛けていたのかもしれない。店長は以降、卒業して数年経っても、私の欠点を見つけては指摘しつづけた。自分でも弱点と思っていることを朗々と指摘する彼のやり方に、未熟な私はたまに傷ついたけれど、壁をとっぱらってくれたからこそ何でも相談できる相手になったのだと思う。

そういった喧嘩を含んだ信頼関係を築いていくなかで、店長の「日一日主義」が冗談でも誇張でもないことがだんだんとわかってきた。どうやら彼は本当にその日だけを一生懸命楽しもうとしている大人らしい、ということは真実味を増せば増すほどちょっとした衝撃だった。

日々些細なことに気持ちを揺らしていた私は、依然としてそんなのは綺麗事のような主義だと思っていた。彼は仮にも経営者。お店の運営なんてそれこそ一日だけのことを考えたら成り立たないだろう。

なんて楽観的なんだ、もしかするとばかなのかもしれない。
そんな失礼なことを考えるほど、解せない人物だった。

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働きはじめて数年経ったある日、彼は自分自身の人生の体験から人間の一生の儚さを知っているからこそ、私たちにしつこく今日に専念するように言うのだと不意に知った。

それこそ中央線で死んでしまう、みたいな突拍子のなさで私たちの人生は途切れる可能性を誰しもが抱えている。「いつか」とか「今度」は本当に不安定なもので、ひとつだけ確かなのは「今日」だし、もっと言えば「今」しかない。

言うは容易い主義を彼は地で行っていた。シンプルなことだ、と言うように彼の生き様は気楽そうに見えた。だけど今日に集中するのはあの頃も今も、相変わらずなんて難しいんだろう。いつになったら「今しかない」って心から思えるようになるんだろう。

私自身が人生のあらゆる決定に彼の主義を持ち込むようになっていることを自覚したのは、卒業して数年経った頃だった。夢についても、今必要に感じることにひとまずは集中してひとつひとつやれば、最終的に辿り着く(はず)と思うようになった。そういう考え方がクセとして身につくまで、彼を真似してみようとしている。

この真似っこは、おまじないのようなものだ。例えば「いつか」と口に出した瞬間、それは「来ない」確率を上げてしまうような気がしているので、絶対に実現させたいことについては頭に日にちを浮かべる。友達と会う約束や旅行についても同じで、いつかじゃなくて「いつ行く」「いつ会う」と決めたほうが、心がそこに向かうから、実現できると思う。意志の力は大きい。

それに、楽観的で切実な「日一日主義」は不運を遠ざける力もあるんじゃないだろうか。実際彼はとてもラッキーな逸話に欠かない人物でもあって、人々はなんで彼があんなにラッキーなのか訝しがる。「そういう星の元に生まれたからだぜ」と、いつでも店長は真面目に答える。

だけど、彼の星には超良いことも超悲しいことも起きる。おそらく、それは幸福そうに見える人にも辛そうに見える人にも、平等に。ただ彼が視線を向ける先は常にそのどちらでもない「今」なので、彼の思う人生を続けていけているのだと、私は勝手に想像している。

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