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いつか、横並びの席で日本酒を。

それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。

今まで知らなかった国に友だちができた途端、そこは自分にとって「友だちが暮らす場所」になる。その変化が自分のなかで起こる度に世界中にいろんな国があって、いろんな文化があって、違いがあることや共通点が見つかることは素晴らしいことだと感じる。

同時にニュースで聞き流していた悲惨さが現実であることも、また全くニュースとは異なることも知ることになる。知ることは素敵なことばかりではないけれど、それでも友達が暮らす場所となれば事情は違ってくるだろう。

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このあいだ会社を辞めて、その4日後にイスラエルへ飛び立った。やや久しぶりのひとり旅で初めての中東。自分にとっては最も長く勤めた会社を辞めたという事実でまだ頭がぼんやりしていたけれど、「何かになろう、慣れよう」と集中しきっていた心身は本当に旅を必要としていたと思う。リゾートでゆっくりというのではない、新しいことに出会う刺激で細胞が湧き立つような旅を。香港での長いトランジットを乗り継いで漸く着いたイスラエル・テルアビブの空港はコンパクトで清潔だった。

このとき私は一刻も早く果たしたい「ミッション」を抱えていて、それは「2日後に上演されるダンスの公演に一緒に行ってくれる友だちを探す」というものだった。

アパートメントでも当番ノートを書いたダンサーのかきざきまりこさんが所属するLEV舞踏団のダンス公演が滞在中にあり、今回のイスラエル行きはLEVの公演を観るというのが大きなきっかけになっていた。彼女は私に「チケット2枚取っといたよ、こちらで友だちができたときのために!」とチャーミングに言ってよこしたのだけど、なにせ2日しかないのだった。

幸運なことに、友だちは1日目にできた! エリは、滞在したAirbnbの貸主だった同年代のテルアビブっ子。最初の鍵の受け渡しで私たちは出会った。彼女の部屋は観葉植物がたくさん置かれていて、色使いや小物のセンスがとても良い。彼女ならダンスに関心がある人を紹介してくれるかもしれない。すかさず尋ねると「実は私が興味ある」と言ってくれて、じゃあ一緒に行こうという話になった。テルアビブに降り立って2時間後くらいの出来事だった。

未知の国での出会いが心底嬉しかったものの、一緒にダンスを観て感想を言い合ったりする場面を想像しては私の英語力でちゃんと理解し伝えられるだろうかと心配してみたりもした。でも杞憂だった。私たちは夜の公演の前に劇場で待ち合わせをし(あちらの公演のスタート時間は一般的に遅くて、21:00〜だった)、公演を観て(ほんとうに素晴らしい体験だった)、そのあと劇場の中庭で互いが感じたことを伝えあった。私は感動と興奮でさらにもつれる英語が恥ずかしかったけれど、簡単な言葉に置き換えるのではなくてあくまで日本語で伝えるときのような言葉選びでエリに気持ちを伝えた。エリは静かに聞いてくれただけでなく、ときに質問を挟みながら、そのニュアンスを汲み取ってくれているように感じた。

エリはエリで、ダンサーの身体の使い方や表情、ステージを越えて伝わってくる感情について情熱的に話した。彼女は偶然私の部屋の貸主だったわけだけど、とても繊細で優しく聡明な一面を知って今夜の同伴者が彼女で本当に嬉しい、と思った。

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そうして私たちは滞在の2週間のあいだにたくさんやり取りをした。あるとき、エリは自分のおばあちゃんの90歳のお誕生日会に招待してくれて、私は喜んで出かけた。直前まで出掛けていたエルサレムの旧市街でアラブ商人にがっつり捕まり、少し遅くなっての参加となってしまったのだけど、エリも同じく遅刻していたようでちょうど良かったみたい。エリのお母さんのマンションのパーティールームで開かれていたお誕生日会は、親戚だけでも50名以上が参加するとても賑やかなものだった。

しかも、男性は一見して「超正統派」と呼ばれる厳格なユダヤ教徒だとわかる黒づくめの人たちばかり。会場に踏み入れる前にエリは家族のほとんどが超正統派なのだということや肩の出る服装ではまずいことなどを私に忠告してくれた。通常ならば女性と目を合わせることも禁じられている超正統派の男性たちも、エリの友人として招かれた私には普通に接してくれたのが印象的だった。会場に溢れんばかりの子どもたち(超正統派の家庭では7人前後の子どもが推奨される)には好奇心たっぷりの瞳で見つめられ、質問責めにされて驚いた。おばあちゃんのためにニューヨークから駆けつけた親戚たちの姿や、終わることのないビデオレターからは家族の絆の強さを感じた。

会がお開きになったあと、私たちはマンションのプールサイドでしばらく話した。エリは日本にも興味を持っていて、好きだと言って部屋から持って来てくれた日本酒を一緒に飲んだ。それはおそらくアジア系の食品店で購入されたいわゆる料理酒だった気がしたけれど、飲んでみたら優しい味で、これはこれで良いと思った。ただ、いつかエリが日本に来てくれたら、いろんな日本酒を一緒に飲みたいなと思った。いろんな日本酒の微細な違いをきっと楽しんでくれるだろう。和食屋さんのカウンターにエリと隣り合う姿を思い浮かべる。

イスラエルの旅が終わる朝、近所の花屋さんで赤やピンクの小さな花束をつくってもらって部屋に残し、出発した。朝食時に思いついたのでそうしたのだけど、エリにはこの小さなサプライズを喜んで受け取ってもらえる確信があった。この人はこれを喜んでくれる、と分かることがなんだかとても嬉しい。エリが設えた部屋のインテリアが私もとても好きだったので、私たちはきっといい買い物友だちにもなれるんだろう。

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そもそも、まりこちゃんがチケットを2枚用意するだなんてチャンスを与えてくれなかったら、エリとの関係も違っていたかもしれない。

無茶な!と思うけれど楽しげな提案に乗っかる心の準備だけ、いつでもできていられたら。

松渕さいこ

松渕さいこ

編集者/インテリアショップスタッフ 東京在住
お年玉で水色のテーブルを買うような幼少期を過ごし、そのまま大人になりました。自分のお店を開くことが目標。旅/器/音楽を聴きにいく が特に好きなこと。最近チェロを習いはじめました。

Reviewed by
ぬかづき

人と親密になることを恐れる気持ちがある。社交的に振る舞うことは苦手ではないし、いろいろな人と話をするのは楽しい。けれど、社交の場で楽しくおしゃべりをする以上の友人関係を築いていこうとしたとき/だんだんとそうした関係が築かれてきたとき、ふと、不安に襲われて、足が止まってしまうことがある。

この、子供の頃からずっと感じてきた恐れの正体を、30年以上も生きてきた最近になって、やっと、ぼんやりと理解しはじめた。人を失望させてしまうのが怖いのだ。交友関係においてはどこか自尊心が欠けているふしがあって、友人としてもっとお互いのことを知っていったとき、私自身がそんな関係に適したすてきな人間ではないと思われて失望されてしまうのが怖い。このような恐怖が心の奥底にどっしり構えていて、人とのあいだに親密な関係が育ちかけると、決まって、私の手をあらぬ方向に引いて、その関係から遠ざけてしまうのだった。自身の性格を内向的だと自覚できた後には、この恐怖はむしろ、前向きな諦めとして、私の感情のなかに市民権を獲得した向きさえある。

さて、そこでさいこさんのイスラエル紀行を読んでみるとどうだろう。まぶしい。一緒に載せられた写真と同じように、とてもまぶしくて、素敵だなあと思える。初めて訪れる異国の地で、2日後のダンスの公演に一緒に行ってくれる友だちを探すというミッションをかかえたさいこさんは、1日目になんなく友だちを探し当てる。そして、滞在中に、さいこさんと彼女との関係は暖かく親密なものに育っていく。

私とは異なる力をもったさいこさんが、ひとつの旅行を人との出逢いに変えていく。そのような過程を読むことができて、私も、人との親密な関係の暖かさを心に感じる。

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