切り離された暖かい部屋。

それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。

私が小学生のときに道端で出会っているから、姉さんとの友だち歴はもう20年近くなる。親子ほど年の離れた私たちが「友だち」というと周りの人たちは少し意外そうな顔をする。ほかにちょうどいい言葉が見当たらないのだ。会話をしているときの調子は友だちに見えるだろうし、一緒に出かける姿は親子にしか見えないかもしれない。今ではどちらもしっくりきてしまう。

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私たちの最初の共通点は、ほぼ同時期に、同じペットショップで犬を買った者同士ということだった。最初に出会ったのは妹と一緒に犬の散歩をしていたときで、公園のそばだった。姉さんも犬を連れていた。妹が乗っていた自転車には油性ペンで名前が書かれていて、たしか、それを見て姉さんが話しかけてくれたんだ。妹と姉さんの名前の漢字は同じだった。

姉さんは小学校高学年だった私がまだ出会ったことないタイプの「仕事で活躍する格好いい大人」。よく綺麗な色の洋服を着たり、スカーフを巻いている姉さんに興味津々だった。

地元のラジオ局に勤めていて、どうやら「ディレクター」という役職らしい。どんな仕事だか全く検討がつかなかっただけに、私たちの共通点は最初、犬一点に尽きた。大人と子どもなのだから、年齢はもちろん、それ以外もほとんど重なるところなんてなくて当然だった。だから犬が私たちを出会わせてくれたのだと、私たちは信じてやまない。

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姉さんは旦那さんとケアン・テリアの3人暮らしで、天窓のある凝ったつくりの家に住んでいた。女性の建築家が建てたと言っていたけど、そんな感じのする柔らかい家だった。リビングダイニングが2階だというのも良かった。そして、白枠の窓にぴったりとくっついた正方形のダイニングテーブルが感じのいい絵のようで好きだった。

新潟での思い出らしく、その窓から見えた曇天や雪空を思い出す。さんさんと陽の入る日もあったのに、思い出すのは外の暗さと部屋の居心地の良さがセットになっている。

時々、姉さんが休みの日に遊びに行くと、つくったお菓子をだしてくれることもあった。人生で一番最初に食べた「タルトタタン」は姉さんのタルトタタンだったと思う。タタン姉妹の話をしてくれたのも姉さんだっただろうか。フランスのおっちょこちょいな姉妹の失敗から生まれた、素晴らしいお菓子。とてもそんな経緯でできたお菓子とは思えない、アップルパイとも違う、美味しいお菓子で驚いた。

姉さんを語る上で音楽は外せない。ラジオの仕事は音楽愛の延長線上にあった。とくにジャズへの特別な愛と良質なポップミュージックへの情熱は、何もわからない私に対しても手を緩めることがないまま語られてきた。部屋で、ドライブで、CDをたくさん聴いた。私も音楽が好きだったし、姉さんの影響でジャズも大好きになるのに時間はかからなかった。

深夜にジャズを流すラジオを聴きはじめたのもその頃からだ。

姉さんとの会話には濃密なカルチャーや映画の話、ミュージシャンの話がポップコーンのように飛び出してくるので到底知識が追いつかない。なのに、私はいつもすごく楽しんでいた。

いつしか、私たちはどこか似ているところがあるのかもしれない、とも思うようになっていた。お互い自分が置かれた人間関係からはみでたところでの交流に癒されるタイプなのかもしれない。私にとって姉さんとの関係はどこからも切り離されていて、ゆえに親密になり得るものだったから。

私たちはよく、自分の周りのいろんな女の子の生き方の話もした。姉さんの友だちはツワモノ揃いだったので私の知っている女の子とは単純に違っていて面白い。愛すべき(困った)女友だちの話をするなかで気づいたのは、姉さんの語り口はいつも客観的なのだけど、決して見捨てるような言い方をしない人だということだった。

ふたりとも独立心のある優しい友だちが好きで、好きな音楽に対してはメロメロで、結婚観に至ってはドライだった。アメリカのショービズ界に憧れていて、アーティストを尊敬していた。話していくうちに私が似てきたのか、もともと似ていたのか、今は分解できそうにない。

高校生になって生活が一変すると、姉さんとまったく会わない時期があった。大学で上京するのが決まった3月、久しぶりに会う姉さんと旦那さん(兄さん)がくれたメッセージカードには「あなたの人生がいつもシュガーコーティングされたものでありますように」と書かれていた。なんだかとってもアメリカっぽくてチャーミングなメッセージだった。

私の10代はとても甘やかと言えるものではなかったと思う。そのことを姉さんも知っている。学校に長期間行かなかったし、踏んだり蹴ったりに思えたけど、砂糖に守られた人生を願ってくれる姉さんがいる時点で、私の心の表皮は、実は今までもずっとシュガーコーティングされていたのかもしれない。そう思ったとき、何となく眠り姫が赤ちゃんの時に妖精たちから贈られた「魔法」を思い出した。

一方で、「ひとりで暮らせないやつはふたり暮らしも無理だから頑張れ」という強めのアドバイスも投げてくるあたり、決して甘やかしてくれるだけではない。誰かに依存しそうになるたびにその言葉はちらついた。姉さんが考える大人像を、私は意識しているところがある。

私たちが普通に誰かの紹介で出会ってしまっては、多分ずっと、大人と子どもでしかなかったかもしれない。道端で出会い、妹の漢字が自転車に書かれていて、お互いの犬のペットショップが同じだったから。ひとりひとりとして言葉を交わしたから。

随分前に友だちになったので、お互いの20年間で起きた変化を断片的に知っている。そのなかでお互いの犬もとうとう、逝ってしまった。

いつか一緒にニューヨークに行きたいね、と話している。そうしたら連日連夜、ミュージカルにジャズに大変なことになるだろう。いつ行けるかわからない音楽三昧の旅をありありと想像できてしまう。

名付けがたいけれど、本人たちだけはすっかり納得するような関係を、できるだけ長く、繋いでいかれたら。

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