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いつか呼ばれる日。

それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。

彼女のフェアなところが好きだ。
時々「きっつーい」と思うけれど大概その場で納得してしまう。だからあれだけ欠点や誤ちをビシビシご指摘いただいているにもかかわらず、嫌な気持ちを抱いたことがない。むしろ、ちゃんと言ってもらいたくて、ひとに言えないことほど彼女にだけ話してきた。

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そういえば長い間、彼女はあまり自分のことを話さなかった。代わりに家族や学校生活や趣味についておもしろ可笑しく親しみを感じさせながら話してくれた。彼女の話には個人的な思いの少しだけ外側を、優しく滑っていくような雰囲気があった。

会えば砂ほどの重さもないような冗談を延々と繰り返した。ほとんどが言葉遊びのような会話だったけれど、頭がいい彼女の言葉はいつも的確。誰も傷つかない話を笑える形に切り取るのが上手で、日本昔話みたいに突拍子のない物語をたくさん持っていた。

そして、笑うと大きな瞳がほとんど新月みたいになくなる可愛い彼女にたびたび見とれた。

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彼女とは大学生のときに出会って、社会人になってしばらく経ってから、数年同じ街に暮らした。それでも頻繁に会う約束をすることはなく、ときどき野菜や果物をおすそ分けしにきてくれるくらいだった。

それくらい緩やかなつながりにも関わらず、一大事となったときに私は彼女を頼った。例えば23時を過ぎてひとりで部屋にいた夜、急に不安に襲われて今すぐ会ってこの不安を話してしまいたかったとき。彼女は早寝なはずだけど私のメッセージを見てすぐ返事をくれて、私は彼女の家に飛んで行った。近くには緑道があって、彼女がご馳走してくれたコンビニコーヒーを手に並んで腰かけたベンチは夏の湿度を纏っていた。

いくつもの取り留めない時間を共有してきた私たちなので、シリアスな話を切羽詰まって打ち明けることには慣れていなかった。だから会ってホッとしたけど不安の原因の話までしてもいいのか私自身は少し躊躇していたと思う。大切な友人である彼女の許容量を超えたらと考えるのはこわかった。

だけど彼女は、泣きたい気持ちのギリギリで変な顔をしていた私を、いつもと少し違うやわらかい感じの声で心配してくれた。瞬間、ずっと息を止めていたのかと思うくらい急に空気が心に流れ込んできて、結局泣いたんだった。そして落ち着くまで一緒にいてくれた。

その頃は一筋縄ではいかないことを悩んでいて、抱えきれなくなったぶんを彼女に打ち明けたのだ。彼女はフェアなひとだけど、白黒を簡単につけられないような話に対しては繊細に扱ってくれた。そういう優しさゆえの曖昧さがあるのも、たくさんある彼女を好きな理由のひとつだ。

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白黒つかないことを彼女も抱えていることに気がついたのはわりと最近のことだ。ちょっとずつ、彼女は自分の話もしてくれるようになった。私たちが出会って、8年くらい経っていた。彼女にとって自分の話をすることはとても疲れることなのかもしれない。

内側の起伏を表面に出さない彼女が悩んでいる、というのは私にとってはちょっとした事件だったので連絡をとっていないときも「元気かな」とよく考えたりした。「もしかしたら今頃、元気がないかもしれない」と根拠もなく思うことがあって、メッセージを送ると実際ちょっと悩んでいるタイミングだったりすることもあるようだった。

だけど彼女の気持ちを晴らすことが、私にはなかなかできない。彼女が私にしてくれたような手の差し伸べ方は、彼女にとっての解決策にならないから。芯のある優しい友だちほど、深く疲れていたり悩んでいるときに周りがそっとしてくれることを望んでいたりする。話を聞いたり、そばにいたりすることを望まれないとき、私には念を送るしかなくて情けなくなるけれど、それは私の身勝手な情けなさなのでじっとしている。

対する彼女は、どれだけ多くの種類の優しさをもっているんだろう。我慢強いひとであることは間違いない。出来事や人の感情について、ものすごく冷静で公平な見方をすることも知っている。きっと大切で身近なひとたちであればあるほど、きちんと分量や成分がコントロールされたそれぞれの優しさを注いできたんだろう、私が思う彼女らしいところの数々。いざというとき、相手が望む優しさを感じ取ってスッと差し出す能力は、彼女のすごさであり美しさだ。強みであり、危うさでもある。

彼女のことを思い浮かべるたび、この友人にどれだけ助けられてきたかを思う。優しさとユーモアと寂しさで通じ合える彼女としばらく会っていなくてさみしい。

私が悲観したり、恐れていることのほとんどは想像するだけで起こらない。それでもなお自分の想像に潰されそうになるとき、こうやって隣で現実を共有してくれる友人を正確な天使みたいだと思う。彼女に望まれるまでは行かれないけど、望まれた瞬間、私もコーヒーを手渡したい。好きな甘いものか果物をお土産にしてもいい。

夜の緑道に今度は彼女のために駆けつけてみたい、と考えている。

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松渕さいこ

松渕さいこ

編集者/インテリアショップスタッフ 東京在住
お年玉で水色のテーブルを買うような幼少期を過ごし、そのまま大人になりました。自分のお店を開くことが目標。旅/器/音楽を聴きにいく が特に好きなこと。最近チェロを習いはじめました。

Reviewed by
朝弘 佳央理

「彼女」の輪郭を想像しながら、段落を読み進む。
声の温度や、まなざしの深さ。
ときどきふと思い浮かぶのは松渕さん自身のやわらかな頬の感じと、やっぱりやわらかいのだけれど真っ直ぐに見つめる目。
わたしは、その隣にいるそのひとのことを辿りながらいつのまにかその目で松渕さんを見ている。

友だちの話に相槌を打ちながら、わたしはいまだに人の話を聞くということにその都度試行錯誤している、ということを考えた。
生まれて、会話を交わすようになって、こんなに長いこと人の話を聞く経験を積み重ねているのに、いまだにそれは単純なものになりえない。
こまかくやわらかな糸を、からまぬように吹き落とさぬように、目をうんと細めて、掬って針穴に拾い上げる。
彼女は何を見て、何を感じているんだろう?
今まさに渡されているこの言葉から実際には何が、どのくらい抜け落ちているんだろう?
そしてわたしはどのくらいのことを取りこぼし、どんなかたちでそこに自分を映し込んでしまっているんだろう?
絶えずたわみ、入れ替わる取捨選択の中で、わたしは一番そこに近い温度を探し当てているだろうか。
ただ一緒に波にのまれてしまわず、新しい視線を切り拓く助けになれているだろうか。

夜、外で一緒に飲みものを飲むと、仲良くなってしまうのは何故だろう。
両手で握るその液体が、まるで隣にいるそのひとの揺れ動くこころみたいだからだろうか。
その重みを、温度をはかり、波を見つめ、少しずつ飲み干す。

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