猫だったもの

第7期(2013年2月-3月)

お釈迦様は人間の苦しみをを生老病死の四つに分類したというが、それって結局四つでなくても「死」ひとつに集約できる話じゃないかと思う。要するに、死とは何かがよくわからない、というところにすべて帰結するんじゃないかと思うのだ。
なにしろ他人の死は経験できても、誰しも自分の死を死そのものとして「体験」することができない。臨死体験みたいな話も流通しているけれど、結局戻ってきているわけだからそれは死ではない。
死はわからない、ということをもっと煎じつめていくと、結局生きるとは、とか、世界とは、みたいな問いに行き着く。世界は僕という現象の中からしか知覚できない。なのに僕の死後も世界は存続する、ということが最大の謎であることに気づく。中島らもは自分の死後も世界が存続することは、自分の父母の精子と卵子が結合する以前にも世界が在ったことと比べて考えたら納得できる、と言った。納得したような気になったが、だからといって死ぬこと・生きることが何であるのか、わかったわけではない。全然ない。

誰もがいつか年老いて静かに消えていく。いや、静かじゃないかもしれない。僕は現に「人が亡くなる瞬間」を目撃したことは二度しかないのだが(大家族だった時代と違い現代では自分の祖父母の死もたいてい事後報告を受け取るだけという場合が多いだろう。僕もそうだった)、その二度ともが「静かではない」死だった。目の前で見た交通事故と鉄道自殺である。あまり気分の良い話ではないから詳しくは書かないが、静かに「消えていく」のではなく、あまりに暴力的に絶たれる命を眼前に見て、この分断っていったい何なのだ? 生きると死ぬの境って何なのだ? と嫌でも考えざるを得なかった。
静かに、境目を知覚せずに消えていくならば良い。いや、良いかどうかわからないが、まだ想像力が及ぶ気がする。しかし、突然の分断で自分の意識が瞬間的に絶たれる、というのはどういうことか、想像もできない。
小学生のころ悪い友達がいて、オニヤンマを捕まえて胴体に爆竹をくくりつけ、爆竹に点火してオニヤンマを放す。オニヤンマは空中で一瞬で弾け飛び、バラバラの部品となる。今までオニヤンマの行動を制御していた「心」のようなものは、今の爆発でどこへ行ったのか? 小学生の幼い頭で、オニヤンマの消えた後の虚無を観じていた。もちろん答えなんかわからない。大人になった今でもわからないんだからしかたがない。死の謎は、生の謎は、誰にも解けない。

・・・・・・

その黒猫は見たところ体に外傷もなく、毛艶も美しかったが、四ツ橋筋に面したとあるビルの玄関の植え込みの脇で静かに横たわっていた。ほとんど動かないのだが、目はぼんやり開き、呼吸で小さく腹を上下させていた。寝ているのだと思った僕は写真を撮ろうとその黒猫に近づき、逃げるそぶりも見せないので、ようやくこの猫が何らかの理由で死にかけているのだと知った。寝そべった猫の前足の付け根に手を置いてみると、小さい呼吸の痕跡がかすかに手に伝わってきた。口からもときどきシューシュー、と小さな息が漏れる。
そのまま五分か十分くらいそうしていただろうか。猫の腹の上下動は次第に間隔があき、動きも小さくなって、口から漏れる音もなくなり、少し潤んでいた眼の表面が、ある時を境にすうっと曇って力がなくなっていった。
死ぬことを「逝く」と言う。なるほど、命がどこかへ「行く」のだなぁ、たしかにそうだ、どこかへ行ってしまうのだ、と動かなくなった猫の腹に手を置いたまま考えた。
そのときたまたま、よしもとばななの小説を読んだばかりだったから、その中に出てくる、母の遺体を前にして「ああ、お母さんはこれに乗って旅をしていたんだ」と思った、というくだりが思い起こされた。

おいて行かれた体は、もう猫のものではない、という気もした。乗り捨てられた、という言葉も浮かんだ。
あいかわらず僕は「死とは何か」わからないままだけれど、このことは覚えておかなくちゃいけない、と、一分前まで猫だったもの、に向けてシャッターボタンを押したのだった。