終わる私たち

第7期(2013年2月-3月)

私が詩のようなものを書いていることをいつしかかっちゃんに知れてしまった。
どうしてだろう。
思い返すとそのきっかけが全然わからない。
友達になったきっかけ
人を好きになったきっかけ
文字を書くようになったきっかけ
生まれてきたきっかけ
どこがどうしてそうなったかはわからないけどとにかくそうなった。
そうなったってことのほうが大事で今の自分がいることがわかればいいのかもしれない。
どこがどうしてそうなったかはわからないけど、とにかく、私はかっちゃんと出会う。
詩を書いていることがばれてしまう。
本屋さんへふたりで出かけるようになったのはそんなきっかけからだったような気がする。

私たちは占い系の雑誌を本屋さんで立ち読みして、その中でこれってやつをかわりばんこで買うことにした。
星座も血液型も違うので、お互いの運勢を見ながら、ああでもないこうでもないと大騒ぎ。
占いに出ていたような出来事が起こるとふたりで大喜びした。
やっぱりあの雑誌はいいと翌月も勇んで本屋さんに出かけるのだった。
とある日。
本屋さんでいつもの雑誌を探したがない。
おかしいなぁと二手に別れ、違う棚を探して回ったけど、やっぱりない。
店員さんに聞くと、なにか資料のような冊子をめくり、もう入荷しないみたいですと一言。
それは、本屋さんで売られなくなったったってことで二度と見られないってことで廃刊ってことらしい、と気がついたのはちょっとだけあとの話。
そうかぁ、廃刊かぁ。
あんまりおもしろいから廃刊にさせられたんじゃ
まさか、だけど買ってたのが私たちだけだったとかないよね。
ないじゃろー。
推測が推測を呼んだわけだけど、そんなことで諦める私たちじゃなかった。
私たちはまた本屋さんに出動し、次なる雑誌を物色した。
そして目指す一冊を決めるとレジに向かい、未来を見るような手つきで雑誌を買った。
それが三回も買わないうちにまた廃刊となってしまった。
もしかして私たちのせい?
私たちのどこかが何かが廃刊になってしまう雑誌を選んでしまうんだよ。
なんで?
なんでだろう。
どうして?
どうしても。
じゃあさ、なるべく新しく出た雑誌を選んでみない。
前のふたつは老舗みたいなところで、たまたま終わってしまったってこともあるかもしれんよ。
私たちは雑誌を吟味する。
新しくて、私たちにとっておもしろいもの。
そんなのあるんかな。
ほら、これなんかどう。
これだったらいけるんじゃない?
今度は終わらなかったりしてね。
終わらないとどうなるのかな。
どうなるって……。
おばあちゃんになる!
笑った。
おばあちゃんになることを忘れるくらい、私たちは笑った。
その雑誌もほどなくして廃刊となり、そのあと、しばらくして、私たちにも別れが訪れた。

かっちゃんはある夏の日に入院することになった。
検査入院だからすぐ帰るよ。
そう言った通り、夏のうちに帰ってきた。
今までのかっちゃんと変わらないふうにごまかす目が私になかった。
コスモスの二階への階段を上がる後ろ姿が違う人に思えて、私は下から名前を呼んだ。
振り向いたかっちゃんが、自分の起こしたほんの小さな風にふっと飛んで行ってしまいそうで、上向いたまんまでいい、呼んだだけだから、とあわてて付け足した。
言葉で人を支えることなんてできやしないと思ってはいても、言葉にもいくらか重さがあって、下から背中を押し上げることのちょっとくらいはできるんじゃないか。
発した言葉が耳や髪や皮膚からその人の体に沁みていくってことがあるんじゃないか、新鮮な血液のように血管をめぐってカルシウムとかビタミンとかみたいに作用するんじゃないかって思いたかった。

秋が来て、かっちゃんは手術のために入院した。
退院してから何度か話したり買い物に出かけたりした。
冬になる前に再入院することになる。
お見舞いには来ないでよと入院する前に止められた。
そのあと電話や手紙でも、絶対に来ないでと念を押された。
元気になるから、必ずコスモス帰るから
急な感じで胸が騒いだ。
だからこそ会いたいと思った。
もしこの胸騒ぎが私の勝手な思い込みなら、会ってくれたっていいじゃない。
このまま会えないままでいたくないと思っていた私は、たぶんだんだん腹が立ってきたんだろうと思う。
自分の行動の取りようがなくて腹が立つしかなかったのだと思う。
一月のある日、意を決して電話をした。
会いたいと思ってるのにどうしてだめなん。
そう言おうと思っていた。
電話の向こうがざわざわしていた。
今、話せないからごめんね。と深く穏やかなお姉さんの声がして電話が切れる。

それから数日経った、とても寒い日に、かっちゃんとほんとうに会えなくなったことを知る。
白くて大きな牡丹雪が空から途切れずに降り続く日だった。