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2F/当番ノート

ゆきのうたごえ

当番ノート 第7期

子供のころ、遊び疲れて足を取られて雪原に倒れこんだ、
あるゆきの日のこと。

空はくぐもっている。
うんと遠くのようで、でも手が届くくらい近くのようで、
なんだか自分がふわりふわりと地上から不安定に浮かんでいるみたいな心地でもって手を伸ばすと、
灰白色の空に溶け込んでいた雪は、とつぜんそのすがたを現して私の手のひらに舞い落ちてくる。

雪が耳のひだひだに絡まり、耳たぶがきゅうっと縮こまっていくのがわかる。
たちまち世の中の音はひゅるひゅると耳の奥に吸い込まれて、蓋が閉じる。
世界がぴったりと私にくっついている。
そしてゆっくりとまたたき。
まぶたの上にそおっと降りた雪は、外側からじわりじわりと広がって、しずくが流れていく。
目のなかが熱くなる。私の体温で雪がゆっくりゆっくり融けていく感覚が気持ちいい。

自分の呼吸と心臓の鼓動が小さな身体に響く。と、同時になにかが聞こえてきた。
出来るだけ自分の音がしないように、息をひそめて耳をそばだてると、
それは私の上に積もり重なっていく雪の、
しずかで、あたたかなうたごえだった。

***

雪深い今冬の思い出に『ゆきのうたごえ』という絵本をこちらで発表させて頂くことになりました。
このお話は数年前に描きあげた、3人の小人たちが雪の歌声を聞きに森のてっぺんに出かけていくお話です。

どうぞよろしくお願いします。

古林
希望

古林 希望

古林 希望

絵描き

私が作品を制作するあたって 
もっとも意識しているのは「重なり」の作業です。

鉛筆で点を打ったモノクロの世界、意識と無意識の間で滲み 撥ね 広がっていく色彩の世界、破いて捲った和紙の穴が膨らみ交差する世界、上辺を金色の連なりが交差し 漂う それぞれテクスチャの違う世界が表からも裏からも幾重にも重なり、層となり、ひとつの作品を形作っています。

私たちはみんな同じひとつの人間という「もの」であるにすぎず、表面から見えるものはさほどの違いはありません。
「個」の存在に導くのは 私たちひとりひとりが経験してきた数え切れない「こと」を「あいだ」がつなぎ 内包し 重なりあうことで「個」の存在が導かれるのだと思います。

私の作品は一本の木のようなものです。
ただし木の幹の太さや 生い茂る緑 そこに集う鳥たちを見てほしいのではありません。その木の年輪を、木の内側の重なりを感じて欲しいのです。

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