藍は凍る

第8期(2013年4月-5月)

 幸せな結婚は、凍らせた花束に似ている。色鮮やかだが冷たく、花びらにふれれば硝子の糸のように崩れ落ちる。

 茶道と華道をたしなむ深窓の令嬢が茶せんを捨て、女手ひとつで料亭を切り盛りするまでにいたる道には、打ち砕かれた千もの硝子の花束が散らばっていた。

 
 曾祖母は、白くほっそりとした手を持つ旧家の長女として生まれた。水仕事や力仕事を知らず、その桜色の指先は、花を手折り、刺繍針をおどらせるためにつかわれた。

 ひとつの大きな戦争が終わり、もうひとつの戦争へと向かう、つかのまの空白の時代だった。曾祖母のもとには、春の渡り鳥のように、見合い話が次々と舞いこんだ。地主、教師、役人、呉服屋、色とりどりの宝物をおさめた蔵をのぞくように、彼女はそれぞれの男との結婚を夢想した。この殿方と結婚した日々は螺鈿細工、あちらは唐物の青磁、こちらならばペルシャの水差しのようになるのだわ。

 しかし、町いちばんの美男を見合い名簿に見つけてから、男たちの幻影はまたたくまに消え失せた。地主の長男であるこの男は、その財産と美しさから、港町中の女たちたちが恋焦がれる存在であった。

 その美しっさんが、嫁を探しているという。この男と以外の結婚は、もはや考えられなかった。姉が十三人いるのが難点ではあったが、あの美しさの前にはなんでもなかった。両親と仲人の前で恋に泣き伏せ、男との会見がかなうその日まで、日傘をさしながら白くほっそりとした手を守った。

 見合い、婚約、結納と、おとぎ話のように事は進んだ。なぜこれほど自分の夢どおりになるのか、熱に浮かされた曾祖母は疑問にも思わなかった。ただ、白くほっそりした手を相手も気にいったからだろうと考えた。女友だちからの嫉妬と祝福を受け、海風に白無垢をおどらせて、曾祖母はこれから数十年、呪いの言葉を投げ続けることになる男と祝言をあげた。

 
 曾祖母は、幼いころから思い描いていた結婚という夢と結婚し、曾祖父は結婚というしきたりと結婚した。

 母と十三人の姉たちに結婚しなさいと言われたから結婚した。だから結婚は、自分の庇護者である女たちを満足させる以上のものではなかった。嫁とする女はくじで決めた。結婚する前も、結婚してからも、娘が生まれる前も、生まれてからも、曾祖父の生活は変わることがなかった。新聞記者としての仕事と道楽で四六時中、町に繰り出し、周りにはいつでも女がいた。

 北の港町に冬がやってきて、世界を銀色におおいつくすころには、曾祖母が心に抱えていた花束はすっかり凍りついていた。指先でふれれば星くずのように砕け散り、群青に沈む宵闇の底を白くかがやかせた。

 あの男は顔だけ。ほかにはなんもない。くず、男のくずよ。ひとり娘の頭をなでながら、曾祖母は子守唄のかわりに呪いの言葉をその耳に流しこんだ。男を顔で選んではぜったいにあかんよ。誠実さで選びなさい。顔なんぞ整っていなくてもいい。わたしのようになったらあかん。

 
 譲られた財産と稼ぎにより、曾祖父が食と趣味の道楽に大金をついやしてなお、一家にはじゅうぶんな資産があった。夫が家にいれる金を、曾祖母は彼女なりに正しく使うことにした。切りつめるところは切りつめ、良いものには惜しまずに投資する。これが曾祖母の方針だった。西陣織の着物と帯を買いもとめ、愛娘には舶来もののワンピースと赤い靴を着せた。

 父ゆずりの美しい娘が愛らしく着飾り、人々の賞賛を得ることが、曾祖母にとってのなぐさめとなった。美しいものは、より美しく。あの男から受けた血で誇れるものは、これぐらいしかないのだから。

 水を飲むように、穏やかに夫を呪う日々が続いた。祖母にとって、父にたいする母の呪いは、天気のようなものだった。晴れる日もあれば荒れる日もあるが、悲しい、つらいという痛みを覚える暇もなかった。ただ生活とはこういうものだと、母とは父を呪うものなのだと信じた。

 
 曾祖母は、愚かな女ではなかった。呪いだけにあたら日々を無駄に費やしてはいられない。祖母が学校にかようようになってからは、華道と茶道の師範として、教室をひらいた。もともとの腕前とその凛としたふるまいから、曾祖母の教室はすぐに港町の評判になった。

 祖母が学校から家に帰ると、父のかわりにいつも母の弟子たちがいた。暑かったでしょう。そんなに走ってきて。いま、甘いものを出しますからね。陽炎がちらつく夏の日には、藍染めの着物の裾をさばき、弟子たちに氷を買いにやらせた。

 曾祖父がようやっと気がついたときには、彼の家は家ではなく、彼の知らぬ弟子たちがわんさと出入りする公共の場になっていた。おまえが稼ぐ必要はないとどうにか口にしたものの、曾祖母はにべもなく突っぱねた。わたしは好きでやっているのです、これがわたしの生きる道です。家にいない方は、どうぞ黙っておいでなさい。

 戦争が終わってから、状況は変わった。地主が土地を取り上げられることになったので、実家の資産をあてにできなくなったのだ。わたしもあなたも、文化と芸術に金を惜しみたくはありません。稼ぎ手は必要でしょう。曾祖母の言葉に、曾祖父は首肯せざるをえなかった。

 
 曾祖母の商才は、大輪のつばきのように花開いた。曾祖母の仕事は繁盛し、客人と弟子はますます増えていった。あるとき曾祖母は教室では飽き足らなくなり、文化人のための料亭をつくると宣言した。

 当時、夫や家の仕事とはなんの関係もないのに、家庭を持つ女が料亭を営むことは、はしたないと見なされた。だが、そんな風評をものともせず、曾祖母のもとには協力の申し出が殺到した。娘を教室にやらせていた有力者たちは、彼女の経営手腕をよく知っていたから、喜んで融資を申し出た。

 どうせうまくはいくまいと、曾祖母に好きにやらせた曾祖父の読みは外れた。曾祖母みずからが吟味して見つくろった趣味のよい茶の間と調度品、客たちをむかえる生け花のみごとさに惹かれ、曾祖父の友人たち――その多くが文化人であった――も、打ち合わせや接待のときには、曾祖母の料亭をつかうようになった。

 水商売じゃないの、みっともないからやめて、お母ちゃん。年ごろの祖母は、母親の商売を気にしたが、曾祖母は一顧だにしなかった。家を守る気がない男をあてにして生きるなんて、死んでいるのと同じ。あの男は、自分の城を守ればいい。わたしはわたしの城をつくる。

 
 結婚して数十年、家で一緒にいることがほとんどなかったふたりは、ここにきてはじめて、よく顔を合わせる仲となった。家ではなく料亭で、夫と妻ではなく、客と女主人として。

 曾祖父は、彼のつてを最大限つかって、曾祖母の仕事をよく助けた。いい酒蔵の主人がいれば紹介し、出張先で買い求めた美術品を料亭に献上した。知り合いの画家の絵を持ってきては、自分がよく使う客室に飾らせた。曾祖父が死んでから十数年後、隠し子からの電話によって、その画家は曾祖父の愛人であることがわかった。

  最初から、こういう関係だったのならよかったのかもしれない。客としてなら、あの男は本当に申し分ない。いいものはいいと知っているし、酒と食事の趣味もいい。

 父を呪わない母を見て、祖母はとまどった。そして、父も母のやることに文句を言わず、助けている。それもまた、祖母の心をおおいに揺さぶった。ここは、わたしの知っている家なのだろうか? 疑問を抱えつつ、祖母は母親の言いつけどおり、誠実な男と結婚して都へ移った。この港町に、彼女の居場所はもう残されていなかった。

 
 祖母は、曾祖母の料亭を理解しなかった。しかし、祖母の娘である母から見れば、料亭はすばらしい遊び場だった。日が高いうち、料理人や下男たちが支度をしているときに料亭を探検することが、母にとってはいっとうすばらしい夏休みの冒険だった。

 台所から聞こえてくる包丁の音、煮詰められるだしの香り、練習をしている芸妓たちの楽の音、店に飾る生け花を弟子につくらせる曾祖母の声、そうしたものすべてが母にとってはこのうえなく新鮮で、大人の秘密基地をのぞいているような心地にさせた。日記を書くのは大嫌いだったが、夏休みだけは毎日かかさずつけた。絵を描く楽しみを知り、美しいものを愛でる心を養った。

 
 春に花々、あでやかなものを愛した曾祖母だが、店に立つときはよく落ちついた桔梗紋様の着物を身につけた。主役は客人、料理、花、音楽、美術品であり、自分は影に徹するというのが、曾祖母の言い分だった。

 若いころには、友禅や更紗は百枚も買ったものだけどね。もういいのよ。もう千枚、美しい着物を買ったところで、わたしの心は満たされなかっただろうから。だからいいのよ。きれいな着物は、おまえとおまえの娘たちにあげる。おまえたちは、美しく着飾って、幸せになるといい。