みみこちゃんの恋人たち (1)

第12期(2013年12月-2014年1月)

コツン、コツンと
弱気なノックの音がはじめに部屋の中に入ってきました。
「どうぞ」
小さな体にはややアンバランスなサイズの蝶ネクタイをつけた、ねこたくんがそう呼びかけます。
「どうぞ、こちらにおかけになってください。そしてお名前を。」

部屋の外はこの時期には珍しい、しっとりした雨が落ちていました。
ここは小さなアパートメント。
床も柱も木でむき出していて、大きな風が吹いた日にはすぐに飛ばされていきそうです。
扉を開けて直ぐに右手側には可愛らしい小さなキッチン、
左手側には納戸だろうかトイレだろうかに繋がっているような扉が、
それらに気をとられずに正面に向き直ると少し拓けた空間に、長机が一つ、そして二人分の影が見えます。
「え、あ、やすしと言います。」
部屋の中に迎えられた弱気なノックの持ち主は、何かに気をとられながらもそう答えました。

「久しぶり。」
声をかけたのは、ねこたくんの隣に座っていたみみこちゃんです。
「うん、久しぶりだね。何年ぶりだろう。」
「五年と六ヶ月ぶりですね。」
手元の紙をぴらぴらさせながら、ねこたくんは二人の会話に割って入りました。
まるで面接官のように目を光らせながら、ねこたくんは紙に書かれた情報を読み上げていきます。
「二人の出会いはみみこちゃんが二十五歳、やすしさんが二十七歳の時。交際期間は四ヶ月で間違いはありませんか?」
「はい、間違いありません。」
「…ちょっと。そんなことまでわざわざ確認するの?」
まるで予定と違う、とでも言うかのようにみみこちゃんは隣のねこたくんを小突きました。
「ちゃんと対面で確認するのが大事なんです、こういうことは。
さて、やすしさん二人が別れた原因についてはどうお考えですか?」

減らないねこたくんの口数に、何かを諦めたようにみみこちゃんは頭を抱えました。
「…原因も何も、一方的に別れを告げられたんだ。何度かやり取りをした後は連絡も取れなくなった。」
「ふむ。では、みみこちゃんのことを恨んでいますか?」
「今さら、恨むもなにもないよ。」
「彼女を好きでしたか?」
「まあ、普通に。」
みみこちゃんは火が出そうで、顔を上げることができませんでした。
しとしとと窓を流れる雨音を、ひとつひとつ数える振りをすることで、自分自身の平穏を保とうとするのに精一杯です。

「俺ばかりが質問されるのもずるいな。よく面接にあるような『逆に質問は御座いませんか?』っていうのは無いの?」
「大丈夫ですよ、どうぞ。」
みみこちゃんに確認もせず、ねこたくんは勝手に答えます。
ねこたくんは子供のような外見ですが、そういう”役割”の人なのです。
「俺たちはまだ付き合って四ヶ月で、ケンカのひとつもしたことがなかったのに、
どうしていきなり別れを告げられたのか、今さら聞くのもどうかと思うけど…。君の方こそ俺のこと、好きだったの?」
「だそうですが、みみこちゃん。」

質問の内容もそうですが、もう”みみこちゃん”なんて呼び名が似合う年齢でもないのに、
その名前を連呼されることもみみこちゃんの顔を赤くすることに拍車をかけました。

「…何ていうの、その、私は…、永遠に大きくならない雛鳥のようなものを、育てていたかったの。」

みみこちゃんの答えになっているんだかなっていないんだか判らない返答に、
誰も、何も言い返しませんでした。
「では最後に、この恋に点数を点けるとしたら何点だと思いますか?」
じっとり雨音だけが包みそうになった空気を、清々しくねこたくんが断ち切ります。
「…どうだろう。ケンカもせず、仲直りをする事もなかった。
嫌いにはならなかったけど、もっと好きにもならなかった。良くも悪くも、絵に描いたような恋だったな。…六十二点とか?」
「ありがとうございました。お話は以上で終わりです。」

アパートメントの一室には、二人だけが残りました。
窓を濡らしていた雨は、少しずつ声を潜め始めています。
「あんな風になるなんて聞いてなかった。」
「だって言っていないですし。」
部屋に三人居た時よりも、やや空気は重くなっている気もしますが
体の小さなみみこちゃんと、それよりももっと小さなねこたくんのいがみ合いは、
幼い姉弟の痴話喧嘩にしか見えませんでした。

「生きている限り、大きくならない雛鳥など居ませんよ。」
「…小さな小さなねこたくんも、そのうち大きくなるのかしら!」
「…時期が来れば、そのうちね。」
嫌味の下手な二人です。ちょっと気分が悪いので、お互い目も合わせませんでした。

静まり返ったアパートメントの部屋の中、二つ目のノックが響きました。

【やすしさん・・・交際期間四ヶ月 六十二点】