みみこちゃんの恋人たち(2) 100点

第12期(2013年12月-2014年1月)

コンコン

ぴとぴとと、アパートメントの外縁をなぞり垂れる雨音を遮るように
少し強めのノック音が入り込みました。
「こんにちは」
見るからに優しそうな男の人が扉から顔を覗かせると、
みみこちゃんが「げっ」とでも言いたげな顔をしたので
ねこたくんはほんの少しだけ不思議に思いましたが、
「かずとさんですね。さあこちらへどうぞ。」
といつも通りの顔をして、客人を室内へ招き入れました。

「やあ、元気だった?」
「え、ええ、まあね」
「うん、そうみたいだね。」
ニコニコ笑顔の対面に、目を合わせることすらためらっているみみこちゃんが見えます。
その空気を読んでみたのかどうか、ねこたくんは相変わらず自分のペースで面接官を始めました。
「二人の出会いは小さなクラブハウス。交際期間は三週間。間違いないですかね?」
「あんまり覚えていないけど、そんな感じなんじゃないかなあ。」
ニコニコは絶えません。
みみこちゃんは、まさかそんな短い関係性の人が来るなんてと
ねこたくんにだけは聞こえるように呟きましたが、
そんなこと僕は知りませんと言わんばかりに、ねこたくんは無視を貫きました。

どんな形だって、恋は恋です。

「さてかずとさん、みみこちゃんとの恋愛に点数をつけるとしたら何点なのかを尋ねているのですが、どう思いますか?」
優しそうな男の人は、チラリとみみこちゃんの方を見た後すぐに答えました。
「勿論、満点。百点だよ。」
真っ直ぐ自分の方に向けられた視線を断つように、ねこたくんは手元に注意を向け
何かの紙に、告げられた点数をサラサラと記していきました。
「なにそれ」
対照的なのは、みみこちゃんです。
先程までの気まずい空気は何処へやら、まるで何かを射るような視線を向けています。
心なしか眼を潤ませながら。
「私、あんなにも怒ったじゃない。あんなにも泣いたじゃない。沢山困らせたはずのに、どうして100点だなんて言えるの。」
「僕の恋はいつだって百点満点だよ。」
「”貴方”の恋はそうかもね!でもそれは”貴方と私の恋”じゃない!」
「う〜ん。よくわかんないや。」

アパートメントの輪郭を縁取るように流れ落ち続けた雨は、もうすっかり鎮まりました。
いっそ雷が鳴くくらい荒れ、こんな気持ちごと流れ去ってくれたらいいのにと願いましたが、
そんなのはみみこちゃんの勝手な都合です。

みみこちゃんはすっかり塞ぎこんで、顔を上げてくれなくなりました。
ニコニコした人はもう室内にはいません。
みみこちゃんが取り乱してしまったので、ねこたくんが追い出しました。
去り際まで笑顔を絶やすことはなく、「じゃあ、またね」なんて手を振って。

「はあ」
「なんだか、哀しくなっちゃった」
わざとらしくため息をついてみても、ねこたくんが何も言葉をくれなかったので
みみこちゃんは顔を上げないまま、独りごちました。
「私が心をすり減らしたことで、別れの涙で、少しはあの人を変えられたのかもしれないと思っていたのだけれど。」
「たった一度きりの恋で、誰かの人生を変えてしまおうなんて、烏滸がましいですよ。」
「…そうね。わたしは何かを勘違いしていたのかもしれない。」

相変わらずそっけないねこたくんの言葉でしたが、
沈んだままのみみこちゃんの頭の上にそっと掌を置いて、撫でるように揺すってくれたので
みみこちゃんはそれをねこたくんの優しさだと勝手に勘違いすることにしました。
脳裏には、先程まで室内を賑わせ、今はみみこちゃんの心を賑わせている優しそうな男の人の姿が浮かびます。
あの人がいつも被っている”優しそう”な仮面の正体は、本当は何だったのでしょう。
考えれば考えるほど哀しみが増したので、
みみこちゃんは今はただ、ねこたくんの掌の温かさを感じることにしました。

窓際を飾る薄手のカーテンからは、優しげな光が漏れてきています。
アパートメントの外で傘をさして歩いている人は、もういません。

【かずとさん・・・交際期間二週間 百点】