タバコがやめられるかもしれない話

第12期(2013年12月-2014年1月)

タバコがやめられないかもしれない話

夜中猛烈に喉が渇いたのだが、
冷蔵庫に醤油しか無かったので、俺を殺す気かと憤りながらミネラルウォーターを買いに近所のコンビニに出かけることになってしまった。
だいたい俺は東京人でもないのにミネラルウォーターを飲む輩が大嫌いで、
静岡には富士山の美味しい湧き水があるんだから水道水飲めやコラと思っているのだが、
彼女と同棲を開始してから向こうサイドの習慣に毒され、水道水を飲まなくなってしまった。
これは屈辱であり罪だと自覚している。
しかもミネラルウォーターを常備してくれていた彼女が数日前に出ていってしまったので、
ズボラな俺はこうして独りで、寒い中コンビニまでミネラルウォーターを買いにゆく羽目になったのだ。くそっ。
暗い夜道を歩き、100メートル先の角を曲がってコンビニに到着する。
コンビニで何ひとつ迷うことなくミネラルウォーターだけを買い、店を出て、自宅アパートへ向かう。

真っ暗な路地を歩いていると、すぐそこの電柱と赤いポストのところに、気味の悪い男が立っていることに気付いた。
男は俺よりちょっと背の高い猫背のメガネであった。
用心深くすれ違うその瞬間、
そいつがいきなり俺に
「シモヤナギさんですか」
と声をかけてきた。
ゾッとした。
そいつはしかも男ではなく、女だった。
ショートカットの陰気な女だった。
俺はシモヤナギではないので、いいえ違います、と言って足早に立ち去る。
アパートにたどり着き、ミネラルウォーターをガブ飲みして布団にもぐりこみ、テレビをつける。
日テレの深夜のニュースをダラダラ眺めながらさっきの気味の悪い女のことを思い出す。
不気味だ。
と、そのとき、
いきなりドアがドンドンドン‼と叩かれる。そしてピンポンピンポンピンポンピンポン‼と鳴らされる。
クッソびっくりして飛び起き、ドアを開ける。
が、誰もいない。
いったい誰だ。
そしてなんて迷惑な奴だ。
こんな時間にピンポンダッシュする奴は。
もしかして、俺を恨んでいる、地方の糞インディーバンドマンの仕業か。
奴らは普段からきっと俺を恨んでいて、腹いせにイタズラをしに来たに違いない。
そうに違いない。
なんだ。チケットノルマが嫌なのか。
チケットノルマなんてほとんどとってねえし。
知らねえし。
全然ビビってねえし。
舌打ちしてドアを閉めて振り返ったその瞬間だった。
なんと、部屋の中にさっきの不気味な女が立っているのだ。
これまで生きてきて最悪の恐怖に襲われている。
どうやって部屋の中に入ってきたんだ。
「シモヤナギさんですよね」
女はさっきとまた同じように尋ねてくる。
心臓が3倍速で鳴っている。
「いえ……違います…マジで」
「シモヤナギさんですよね」
「…違います」
「薬箱どこですか?」
「はい?」
「薬箱です」
薬箱?一体こいつは何を言ってるんだ。
早く追い払わねば。
「いえ、薬箱は無いです・・・どんな薬箱で」
言い終わらないうちに、女はいきなりでかい声で怒鳴る。
「お前が隠した薬箱だよ!!」
俺はあまりの恐怖に失神しそうになる。
「いや、知りません…マジで…すいません帰ってくださいお願いです」
半分泣きながら懇願する。
長身の女は俺を睨みつけている。
五秒ほどの沈黙ののち、
女はくぐもった声で
「また来ます」
と言い残し、その場からスッと消えていなくなった。
俺は腰が抜けてしまった。
ついに幽霊に遭遇してしまった。
どうしよう。
体の震えがとまらない。
落ち着け。
そうだ、落ち着こう。
落ち着くにはもうアレしかない。アレはどこだ。
あったあった。一本だけ残っている。
さっきのコンビニで買い置きしておけば良かった。
そこでようやく俺はタバコに火をつけたのだった。

毎回99%フィクションなんですけど、禁煙したいです。