白と黒と青の部屋に暮らすあなたがたへの手紙

第23期(2015年10月-11月)

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拝啓 名も無き人々へ

おおまるこさんのツイートに導かれて今夜は岩田慶治さんの本をもそもそと読んでいる。そうしたら「根の国」のはなしが目にとまった。天上と地上。その下にある地下。地中。「根の国」。 三元の世界はでも、天と地が一であるならば、それは二 。「根の国」には何度も行ってきたから僕はそれをよく知ってる。

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それでいまでは、地上と地中の日本神話の二元世界がほんとうは一の世界であることも知ってる。地上と地中には断絶はないのだと岩田さん。そうだよね。僕は地中のこと〈地下室〉って呼んでるけど、それは宇宙にぽっかりと浮かぶ白い部屋に閉じこもって独りだったからだなあって今は。

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東京に暮らすもうひとりのモモと前にそんなはなしをしたのをいまおもいだした。もうひとりのモモはいつも地上にいる。地上にいるけれどそこには白い部屋がある。白い部屋がどこまで続いているのかは彼女にはわからない。彼女は椅子にこしかけてただ座っている。ときどき連れ出される。

白い部屋にいるもうひとりのモモはただそこにいて、だれかの手が彼女をひくときには彼女はなにかをしに部屋のそとへとでかけていく。そしてかえってくる。整頓された部屋。もうひとりのモモはそこにいる。そこにいることはわかる。見てわかる。彼女は白いブラウスがとてもよく似合う。

こちらのモモは白い部屋にはいたけれど、その白い部屋は黒い宇宙にぽっかりと浮かぶ孤島だった。だれもそこからモモを連れ出してくれはしなかったから、モモは白い部屋で白い紙に黒い詩を書き続けていた。それは言葉であることもやめて黒々と鈍く光る絵になって余白を埋めつくしていた。

あの日のモモはもうどこかにかたちをなくしている。けれどそれはいる。もう余白は埋めなくていいと気づいたモモは、白い部屋から青い空をながめて暮らした。けれどときどきモモは地下室の掃除をしなければいけなかった。それはこちらのモモの仕事だった。一カ月のときもあれば半年のときもあった。

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しばらくのあいだ、モモは気づくと地下室にいた。そこにおりるときのことを彼はおぼえていない。気づいたときにはそこにいた。そこを岩田さんは根の国と呼んでいる。モモは根の国で、黒色が満ちたその部屋で、椅子や机や食器やいろいろなものの片づけをしていた。

片づけがいつ終わるのか彼にはわからない。ただ片づけをすることでしか地上にはかえれないから、彼はしかたなく片づけをする。奇妙にねじ曲がった椅子や、机と電球が溶け合わさってしまったものがそこらじゅうに散らかっている。彼の仕事は、それをもとのかたちに戻して部屋を掃除することだった。

片づけに必要な道具はいろいろだ。それは言葉であったり、音であったり、色であったり、形であったり、光であったり、水であったり、木であったり、虫であったりもする。彼はそれらのなかの必要なものを探しだして部屋のかたづけをしなくてはいけない。道具は生きているからすぐには捕まらない。

そのときこちらのモモは狩人のようなものでもある。けれど彼は殺すために狩ることはしない。生きたまま狩りをした道具とともにその部屋に降りていき、そこでその道具たちと交わることで彼は力を得る。そこでは道具は道具でなく彼は彼でもない。二つはそこで一つになる。そのたびにかたづけがひとつおわる。

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(メキシコ北部 洞窟壁画 1942年)

いくつのものをかたづけることが必要なのかはそのときどきによって違っていた。暗闇の部屋の中ではそれは見えないから、彼は手探りでかたづけるべきものにふれてそのかたちをからだで確かめた。確かめては、それをかたづけるために必要なものをまた狩りにでかける。そこは根の国。狩りの国。

そうしてその部屋のなかのものたちがあるべきかたちであるべきところに置かれたときに、こちらのモモは、気がつくと地上にいる。どうやって地下室からでてきたのかは彼にはわからない。いつ出てきたのかもわからない。彼にわかるのは、彼が地上にでてきたということだけだ。

地下室はたぶん無数にある。彼が降りていくときその部屋は、四角く区切られて部屋のかたちをしているけれど、それは仮設住宅のようなもので、仕切りのないところに仕切りをだれかが拵えているのだ。だから彼が地下室に降りるたびにそれは異なる地下室だった。黒い地下室にも果てはないのだ。

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最近は、こちらのモモは地下室に降りていません。もう何ヶ月か降りていません。エモリのワムラさんと話していてそれに気がつきました。なぜ地下室に降りなくてすむようになったのか、こちらのモモにはまだよくわかりません。けれど地上にしばらくいることは彼にはわかります。

東京に暮らす女の子のモモは白い部屋にいる。そこには果てがない。彼女は座っている。だれかの声が彼女を呼ぶまでは。

岐阜に暮らす男の子のモモは黒い部屋にいた。いまは青い部屋にいる。青い部屋にも果てはない。青と白はともにある。それが魄の部屋。魂魄はそこにいつもいる。

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白い部屋と黒い部屋のおはなしはフィクションです。これは実在の人物その他とは異なるものです。けれどこれはリアルです。彼女と彼は具体的な人間としていまこの地球のうえに生きています。語り出されたことはフィクションですが、僕が語ろうとしたことは現実です。それはほんとうのことです。
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黒い部屋にいる人々へ

そこはとても暗くてさみしい場所ですが、僕もなんどもそこへ降りていきました。そこは根の国。日本とは異なる国ですから日本のルールは通用しません。けれどそこは日本にもあります。あなたがいるところにあります。そしてあなたはそこにいますしここにもいます。

黒い部屋にいる人々へ

だから怖がらないでください。そことここは別のところではありますが、そことここはひとつの場所でもあります。根の国から樹が生えています。それはひとつですから。黒い部屋と白い部屋はつながっています。それは見えない穴を通じてつながっています。

黒い部屋にいる人々へ

そこから出てくる方法はだれも知りません。だれにも使える方法はそこにはないのです。けれどその方法は それぞれのあなたのなかにあります。 それを見つけ出すことです。それはきっと見つかります。月の光がそれを照らします。鍵はいつも銀色に光りを放ちます。

黒い部屋にいる人々へ

その鍵はすでにいろいろなかたちをしてこの世界に散らばっています。それを照らしだすひかりはかたちを喪っているだけでどこにでも見つけることができます。それを探そうと思うなら、それを意志と呼ぶのです。だから怖がらないで。探してください。それは旅です。

黒い部屋にいる人々へ

僕はいつのまにか黒い部屋の住人ではなくなってきているのかもしれません。僕は次第に、青い部屋へと引越しをはじめています。黒い部屋と青い部屋もまたつながっています。地という境界線がそこにあるように見えるだけで、それはたがいにズレなくムスビついています。

黒い部屋にいる人々へ

青い部屋になにがあるかはまだ僕にはわかりません。けれど、黒は紺や紫や赤紫やそれらの色彩のグラデーションを経由して色でつながる場所ですから、実はあまり違いはないということだと思います。見えている色が異なるだけです。それは目の部屋です。見えない通路。

黒い部屋と白い部屋にいる人々へ

黒い部屋と白い部屋もまた青い部屋につながっています。それらはわかたれているようでありながらひとつの家としてあります。そしてそれは同時に、ありません。だからそれはどこにでもある、と言えます。だからそこはここでもあります。それを忘れずに。

そこでは、あなたはわたしで、わたしはあなた。そして、その他はそれらで、それらはその他です。あらゆるものが入り乱れているようで混じり合っているようでいて、それはひとつの秩序のなかにある。それを忘れずにいてほしい。これは、僕でもありあなたでもあるところの僕からの手紙。

この手紙をなぜいま書いたのかはわからないけれど、それをいま僕は書いた。それは今書かれることが必要だったのだと今それを書き終えた僕はほのかに感じている。これは僕から僕への手紙。そして、僕は誰でもある誰かのことをそう呼ぶ僕であるのだと、それを忘れずにいてほしい。よき夜を。