島で 一話

第28期(2016年8月-9月)

ある夏、島から男が出ていった。
私はまだ中学生で、その光景を校舎の屋上から見ているだけだった。
「ほら、また出てくよ」
一緒にいた友人はセーラー服をなびかせながら、柵から身を乗り出す。指さした先には、本土へ唯一つながる細い橋があった。
普段は部外者が入らないよう、上げられている橋だ。けれど今日は島を出ていく期限だったから、橋はずっと下げられていたし、車もたくさん去っていった。
深い青色の海にかけられた橋をまっすぐ走っていく車は、あっという間に小さくなり、見えなくなった。
「ねえ、なんだか、流れ星でも見る気分だよ」
私がそう呟くと、彼女も笑って頷いた。
「わかるわかる。本土に行く車を見ると、いつもそんな気分だった。だから今日なんかもう、流星群だよね」
それから私たちは屈託なく、なんの関係もない人間のように笑い合った。
父や弟もたしかに、あの去っていく男たちの中にいたはずなのに。

この島はもともと無人島だったところを、新興団体が移り住んだのだ。外とは違う共同体を作るためだったという。
そうして島が始まって、もう百年は経つ。
だから私が物心ついたときにはもう、本土の町とほとんど変わらなかった。学校や病院、もちろん店だってある。外から移り住む人たちもいて、人口はずいぶん増えた。
けれど、だからこそ、焦っている人たちがいたのだろう。外と変わらないんじゃ、意味がないのだ。
そうした焦燥感が増し、人々が話し合った結果、女だけでこの島に住むことになった。……何か大きな事件があったわけじゃない。ただ、変化を求めただけだ。本当のところは知らないけれど、私はそうだと信じていたし、島でもそう噂されていた。出ていく男たちには、本土で新たな街を作るためだと理由づけされた。もちろん反対もあったし、泣く人もいた。
「そんな気に入らないなら、男と一緒に島を出て行けばいいんだよ。島以外にも、住む場所はたくさんある。実際に出ていく人がいる以上、言い訳はきかないよ」
友人はそう言った。みんなもそう言っていた。このそっけなさは、きっと他の街にはないものだろうと私は思った。
でもそういう島なのだ。これで上手くいかなかったら、また男たちを呼びもどせばいい。そうした緩やかさが、大きな反対を生まなかったのだ。

友人がまた、去っていく車に指をさす。
「ほら、見て。校長も出てくよ」
「ほんとだ」
遠目からでもわかったのは、学校に通うときにも使っていた古い軽トラがのろのろと走っていたからだ。荷台に乗っている荷物は少ない。たぶん、奥さんや娘さんは残ることにしたんだろう。
それを見た彼女は、したり顔で言う。
「うーん、未練がましい動きだな」
「ええ、なにそれ」
「いや、わかるでしょ」
そう茶化したものの、見慣れた車が去っていった途端に現実感はじわじわと湧きあがった。
「男子もみんないなくなるんだよね」
「新学期、どうなるんだろう」
「夏休み中に、大人がなんとかするでしょ」
「女子校になるんだ」
「足りないから、外から先生呼ぶかもだって」
「部活も女だけか」
「なんにせよ、なってみないとわからないって」
「そうだね、もしかしたら一ヶ月とかでやめちゃうのかもしれないし」
「楽しむぐらいの気概がないとね」
それから沈黙があった。車も現れない、ただ熱い日差しがじりじりと肌を焼くだけの時間だった。
……もしかしたら。もしかしたらだけど、私はこの一瞬を、永遠に忘れないのかもしれない。急にそんな予感にさいなまれて、すがるような気持ちで隣を見た。
そこには橋をじっと見つめたままの、友人の横顔があった。彼女は笑わないで、薄い唇だけを小さく動かした。
「これからどうなるんだろう」
不安も期待も混じらない、ぼんやりとした呟きだった。
私は返事をしなかった。
うなじの汗が、静かに背骨を伝うだけだ。

あれから十年が経つ。
また夏が来るし、男のひとたちは帰ってこなかった。
そして私たちは、まだこの島にいる。