僧侶がカフェに出向く理由

第28期(2016年8月-9月)

お疲れ様です。
僧侶の鈴木秀彰(すずきひであき)です
今回で第 4 回目。

前回は、なぜお寺でさまざまなイベントを開催するようになったのかについて、お話させていただきました。

1 つ目の理由は、老若男女の日常生活により身近な存在として、仏教の教えを広げていくため。

もう 1 つの理由は、イベントで参加者と直に対話するなかで、書籍からは学べない実践的な学びや気付きを得て、僧侶としての力を高めていきたいという気持ちからでした。

今回は、そんな僕がなぜお寺のみならずカフェや図書館、公民館などいろいろな場所で活動をするようになったのかについて、お話を進めさせていただきます。

お寺でのイベント開催を重ねていく中で僕はある現状に出会います。

それは、人の中で無意識に存在する、お寺への「敷居の高さ」でした。

現在、人が集っている場所は、気軽に足を運べるような、どこか敷居の低い場所ではありませんか。

当初からそのように思っていた僕は、お寺本来の敷居を低くすること、気軽に来られる場への意識改革が重要ではないかと考え、可能な限りいろいろなイベントを開催していきました。

イベントを通してお寺という存在を感じてもらう中で、まるで公園のように気軽に、身近に来れる場所になってほしいというねらいがありました。

しかし、他者の中にある、お寺に対する敷居は高いまま。

例えば、未だに檀家以外イベントに参加してはいけないのではないかという問い合わせがある状況は残念ながら変わりませんでした。これもやはり葬式仏教の現れであり、お寺は葬式や法事で訪れる場であるという認識が強いのでしょう。

まだまだ多くの人にとって、お寺は気軽に行ける場所ではなく、どこか特別な場所。

そのころ、イベント開始当初に比べると、少しずつ参加者の顔ぶれも一定になりつつあり、若干減少傾向になりつつありました。

各イベントにはそれぞれ参加するが、だからといってお寺が身近な存在になっているかという方は少なく、他のイベントにも参加してみようという流れにつながっていない、どこか点が線になっていないことに気づきました。

そこで僕はある行動に移ります。

それは、お寺で待っているだけでなく、みんなにとっての身近な場所へ、僕の方から足を向けていくこと。

お寺でのイベント参加者でもあったり、イベントを知った方から、うちのお店やうちの近所でやってもらえないかという依頼をいただいたご縁から、この新たな活動が始まりました。

お寺以外の場所でイベントを開催する中で、様々な声を聞きました。

「足が悪くてお寺まで行くことができなかった」
「興味はあったけど、どんなことをやっているのか分からないから参加しづらかった」
「お寺という場所は、なんか気軽に行けない感じがする」
「どんなお坊さんがいるか分からなかったから行かなかった」

などなど、興味はあったけど、足を運ぶまでに至らなかったという方に数多く出会いました。

このままお寺でずっとイベントを開催していくだけでは、いつまでたってもお寺の敷居は低くならない。

必要なのは、自ら外に出向いて、まず僕自身を知ってもらうことではないかという結論になり、知り合いやご縁をいただいたカフェなどのお店、図書館や公民館などの公共施設でのイベント開催を増やしていきました。

人がどこかに集う動機は、その場所で手にする商品や体験そのものの魅力もありますが、「そこにいる人に会いに行きたいから」ということも大きいのではないでしょうか。

それは同じように、みんなにお寺に来てもらうためには、お寺そのものの魅力だけでなく、そこにいる僧侶の人柄に魅力を感じてもらうことが大切であると気づいたのです。

お寺の魅力である仏像、建物など変わりません。これからはお寺も、そこにいるお坊さんの魅力を高めていくこと、そしてそれを伝えていくことが大変重要なポイントになってくると思っています。

そんな中で、少しずつお寺以外のイベントで知り合った方が実際にお寺に参拝に来たり、そもそも僕に会いに来てくれる人まで出てきました。

これに手応えを感じた僕は、お寺以外でのイベントを積極的に増やしていくようになったのです。

次回は僧侶としての個人の活動を増やしていった僕が、今一度自分を見つめなおした結果気づいた思考について、そこから話を進めていきます。

合掌

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