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2F/当番ノート

ルマルシャンの箱が開いちゃった

当番ノート 第30期

皆様こんにちは。HALです。いかがお過ごしでしょうか。私のいるポズナンでは現在雪が降っておりまして、気温もだいたいマイナス12、3度といったところです。寒いです!非常に!!!東京にいた時は、朝外に出て顔が痛いくらい寒いという経験はまずなかったわけですが、今はそんな感じです。顔がとれそうなくらい痛いです。face/offです。そういえばジョントラボルタは元気にしてるんでしょうか?

face/offで思い出したのですが、Photoshopによる写真加工は本当にすごいですね。私はPhotoshopのレタッチチュートリアル動画をよくYouTubeで見るのが好きですが、修正しまくった写真というのは、果たしてもはや写真なのでしょうか?それとも?

ところで皆さんはどんなカメラを使っていますか?私の人生初一眼レフはNikonD5100でした。手に入れてからは、写真を撮るのが楽しくてしょうがないと言った感じで、レンズもマクロや広角など、ついつい買いそろえてしまいました。シャッターを切る瞬間、そしてそのあとモニターで結果を確認するといった繰り返しがなんともたまらなかったのを覚えています。まあ、もちろん今でもそのような瞬間にある種の興奮を覚えますが。そしてそれ以上に私を興奮させたのが、撮った写真のレタッチでした。

最初は、パソコンにデフォルトで設定されている明るさやコントラスト、あるいはカラーバランスなどをいじる機能に満足していましたが、PhotoshopやLightroomを手に入れてからは撮った写真をどうやったら一つの絵のように変えることができるのかについて熱くなっていました。

ある時、もっと何か劇的に写真を変えたいという欲望に突き動かされながら、カラーやコントラストだけではなく、写真それ自体をくるくる回転させて上下を反転させたり色々と試していました。その時何を思ったか、一つの写真を複製しそれぞれのエッジを迎え合わせにくっつけて見るとそこにロールシャッハテストの絵のような何か奇妙な、しかしとても面白いイメージが出来上がりました。モニターの前で、一人「いいねぇぇえ、うん、これいいわあああ」とニヤニヤしている私がそこにいたと思います(笑)。皆さんも、何か作っていて上手くハマった時にそのような感じになった経験はないでしょうか?とにかく、何かすごくインスピレーションをそこに感じました。

それからは、とにかく撮った写真は水平や垂直に直してくっつけてみる。一枚の複製で足りないなら何枚も何枚も複製して気がすむまでくっつけてみるという作業を繰り返していました。とにかくこれにはまってしまったのです。もし経験がある方はわかるかもしれないのですが、何枚も複製したものをくっつけまくると、最終的には万華鏡のようになります。うまくいった場合、結構綺麗に見えますね!今思えばですが、この時点で写真は、私にとって何かを撮った対象のイメージとしてあるのではなくて、もはや回転万華鏡を作るための素材としてあったのだと思います。私にとっての写真の意味合いが徐々に変わってしまったということですね。

コピーした同じ写真の同じサイドをくっつけるわけですから、そのイメージは当然シンメトリーになります。そのシンメトリーのイメージの中心線、接合された線を見ていると、何かそこから、全く自分では意図しなかったようなイメージが次々とこちら側に湧き出してくるような、そんな感覚に浸ることができたのです。

ある時、いつものようにただ興奮し楽しむために、ある仏像の顔を半分に切ってくっつけてみたのですが、そうしたら、何か自分で作ったものに強く見返されているような気分になって「ドキッ、、、、」としてしまったのです。自分で作ったものに見られている、そんな感覚、不思議で何かとても強い経験でした。

これがその時に使用した仏像の写真です。

red

このお坊さんは、なんでこんなに赤いのかというと、どうもお酒を飲みすぎて酔っ払っているかららしいです。もしこんなユニークな仏像が見たいという方がいらっしゃる場合は、山形県天童市にある鈴立山若松寺にGO!

そしてこれがその仏像を割いてシンメトリーにくっつけてみた顔です。

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先ほどのシンメトリーにおける中心線の話もそうなのですが、自らがなんらかのプロセスを経ることによって急に目の前に自分では予想もしなかったような世界が開けることがあると思います。例えばパズルのピースが偶然うまくはまる感覚。あるいは、ルマルシャンの箱を偶然カチッとはめてしまったが故に頭に奇抜なピアスをしたおじさんが出てきてしまうような瞬間。そういうものがあると思います。私にとってこのシンメトリー仏像のイメージはまさにそんな瞬間でした。さっきまで私を見ていなかった一枚の仏像の写真が、今はっきりと私を見据えているのです。

先週ご紹介した『BRINGER』は、まさにそのようなマインドに乗って作りました。作品のいたるところにシンメトリーイメージを見つけることができると思います。ほぼ全てのパーツが写真のシンメトリーな重ね合わせによってできています。タイトルの『BRINGER』は、ある瞬間、全てがある隠されたオーダーにハマった瞬間、全く別の次元が開示されるという意味を込めてつけました。

私の場合は、色んな要因が複合的に結びつくことでアーティストになりたいと強く思うようになったタイプです。以前お話ししたように、ある面では、アートに対してその歴史や理論を勉強することによってアーティストになりたいと考えるようになりましたが、またプラクティカルな面においては、この一連の写真の体験、そしてPhotoshopというツールが私にとってはすごく重要な要因として働いています。他のツール、もちろんドローイングなども含めた他の方法においては実現・表現できなかったイメージが、自分の写真にまつわる一連の興味と興奮のプロセス、そしてそれがPhotoshopというある種の実験場においてなん度も繰り返されることによって、自分はもっとこれをやりたい、そして発展させたいという気持ちが大きくなってきたのです。

以前の私は、まあ今でもそうなのですが、アートの形式というものに対してどうも頭が硬いところがありました。どういうことかと言いますと、絵画は絵画でなければいけない。写真は写真でなければいけない。といったように、まずアートを始めるならば、そのアートの形式が持つ固有のスタイルを守るべきだと考えてしまうのです。そのような考えと、基礎と発展といった考えがそこにこんがらがって私のマインドに張り付いていました。つまりどんなアートでも、まずは一つの伝統的な形式を守ってそれを極めなさいと。自分で好きなことをやる発展編はそれからですと。どんな分野に限らずとも、この考え方は一つの守るべき基準としてありますよね。そしてそこからはみ出すと、基礎も疎かに好き勝手なことをやるのは、、、ただの我流野郎だ!、となります。

もちろんこの考え方が私の中にも強くあって、ただそうすると、何を始めるにも少し億劫になってしまうのです。芸術大学というところで、Photoshopからまず始めるということはないですね(笑)。まずはドローイングや造形技術を重視します。どこでもそうだと思います。そしてそれは全くもって正しいやり方です。ただそれだと私のような人の場合うまくいかないのです。何か、身体の中に爆発しそうな表現欲求が煮えているのですが、どうもその伝統的な基礎編というものとマッチしない。そのようなものによって自分の吹き出しそうなパワーが逆に消火されてしまうような場合さえある。

そんな私のような人の場合には、ツールは自分のマッチするものであればなんでもいいのではないかと今では思うようになりました。それが、Photoshopのようなものであれ他のものであれ、何でもいいのです。それよりも大事なことは、まず自分の煮えたぎる思いが形になる瞬間に立ち会うことではないでしょうか。以前の投稿でも何度か書きましたが、自分の中にあるイメージとはまさにカオスなのです。それはまるで形を持たない夢のような、エモーションとイマジネーションのシチューのようなものなのです。シンメトリーイメージを見た瞬間その中心線の向こう側からイメージの氾濫を見た気がしたと言いましたが、もうしかしたら、それは自分の中で煮えたぎっていたものが、その中心線の間から噴き出してきたのかもしれません。

もちろんアーティストの方の中で、小さいころからコツコツと技術を磨き続け洗練させていくというタイプの方も多いと思いますが、私のようにある日あるきっかけを通して自分の頭の中のイメージが目の前に溢れ出るのを目撃することで突然アーティストになる人もいるのではないでしょうか。

勉強しているポズナン芸術大学で、私が特に気に入っているポイントもそんなところにあります。学生は年間を通してそれぞれ独自のプロジェクトを持つことが要求されます。このプロジェクト形式のタスクは、一般的な基礎科目とは違い自分独自のアーティストとしてのイマジネーションや実現可能なプロセスの提示が重要視されます。ですので、例えば写真専攻であったとしても、最終的な作品形式として写真として提出することが必ずしも求められません。むしろ、独自のアイディアを自ら考えた様々なツールのコンビネーションによって作ることが重要なのです。いってみれば完全に(ほぼ完全に)自由裁量ですが、そのぶん自分の作品に対する責任が求められると言えるかもしれません。このようなタスクにおいて、私のようなタイプは水を得た魚介類のごとく振舞うことができるのです。

ようは、この大学では、学生を一人のアーティストとして見なしているわけですね。アーティストなのだから、まずは自由に表現しろと。そして、その表現に対して(説明)責任を持てと。ですので、そのプロセスにおいて、しっかりと先生や他の学生を納得させることができる作品である場合は、当然、大学としてオフィシャルに自分の作品をプッシュしてくれるわけです。この点は、本当にすごいなあと思いました。また今後別の投稿で今通っている大学について改めて少し書いて見たいと思いますので、またその時はよろしくお願いします。

とりあえず本日の投稿では、前回お見せした『BRINGER』にまつわるお話をしました。それでは皆さまごきげんよう!

HAL

HAL

HAL

アーティスト
ポーランド、ポズナン在住
現在は映像作品を中心に作品制作を行っています。
2015年からポズナン芸術大学に籍を置いています。

Reviewed by
美奈子

自分のやりたいことをやりたいようにやるのは本当に難しいですよね、とか絵画ってわかりません…という問いに対して、うんそうだよね、と感じてしまった人にほど、今回の投稿を読んでいただきたいと思います。
分かる/分からない/分かってる/分かってない、ではなくて、もっとシンプルに自分にも他者にも心を開いていたいです。

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