ながい道草の果て、アイアンベッドがみる夢

第30期(2016年12月-2017年1月)

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インテリア雑貨のお店を開きたい、とはっきり口にしたとき、私は中学生だった。

新潟に暮らしていた頃、北欧やイタリアのデザイナーズ家具やモダンな食器を扱うお店は決して多くなく、数少ないそのお店を母親に連れられてウィンドーショッピングをするのが心から好きだった。色鮮やかなラグやクッション、滑らかなお皿、柔らかい照明。いい香りのする店内。ひとつひとつに触れてみたくて、眩暈がするような幸福感がお店にはあった。

その頃私が一番欲しかったものはなんといっても、黒のアイアンでできたベッド。
きっとパリの素晴らしく綺麗な女の子が眠るような優美な曲線をもつベッドだ。でもモダンなそのお店ではアンティーク調のベッドの取り扱いはなかった。もちろん諦められない。今考えると生意気で恥ずかしいのだけど、当時の私は「アイアンのベッドはないですか?」とたまたまそこにいたスタッフのお兄さんに堪えられず尋ねたのだった。

驚くことにお兄さんは戸惑いを浮かべることもなく「希望のものをお探して、カタログを送ります」と言ってくれて、後日夢みたいな美しい黒いアイアンベッドのカタログを送ってくれたのだった。今ならそのお兄さんの真面目さが身に沁みてしまう。店頭に日々立っていると哀しいかな、優先度をつけて対応しなければいけない場面も多いから。

当時の私は、間違いなく優先度で言えば最下位のお客様だ。きっと時間を作って探してくれたのだろうと思う。お兄さんの送ってくれたカタログの写真を何度眺めたかわからない。

“このベッドを手に入れ、このベッドの似合う部屋に暮らせるようになるなら、大人ってなんていいものなんだろう!早くおとなになりたい!”

こどもでいることに苦痛を感じることの多かった私にとって、素敵なインテリアは明日を生き抜く理由そのものになっていた。思い通りのベッドのカタログを送ってくれたお兄さんはヒーローのようで、「絶対インテリアショップで働く」という気持ちは一気に芽を伸ばしていった。
そして、いつかお兄さんに再会したいと願ってきた。

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実際にインテリアショップに就職した春。
私は「時は至れり」とばかりにその後一度も連絡をとっていないお兄さんに手紙を書いた。
あなたのおかげで、好きなことに辿り着きましたって伝えたい一心で、迷いなく一気に書きあげた。あれからすでに10年近くが経過していて、お兄さんがまだ同じお店にいるかどうかがすでに賭けだった。

3枚分も綴ってしまった便箋の入った封筒に、「もしお兄さんが退職されていたら、どうにかして渡してください」とすごく無茶苦茶なリクエストを書いて、お店宛てに送ったのだった。これって手元に届いただけでも奇跡だと思う。

だけど奇跡は度重なりおきた。
数週間後にお兄さんから定形外郵便でお返事がきたのだ。
手紙のほかに、CDが同封されて。

すでに退職されていたにも関わらず、「アイアンベッドの女の子」だった私のことを覚えてくれていたお兄さん。同じ職に就いたことを喜んでいるとを私と同じくらいの熱量で綴られていた。きっとこういうやりとりができるだろう、とずっと信じていた私は驚かなかったかわりにとても感動したのだった。

だけど「なにか嫌なことがあればこの音楽を聴いてください」とメモの書かれたCDを聴いた時にはさすがに驚いた。キース・ジャレットは大好きだったから。不思議な縁をCDプレイヤー越しに感じた。

毎日じぶんがお店に立つようになった今でも、アイアンベッドに焦がれた気持ちと素晴らしい案内人だったお兄さんへの敬意は変わらない。
ますます自分のお店を開くことは、譲れない夢になっている。お店って飽きることがないのだ。
こんなに好きなんだもの。自分に感じられることのすべてを詰め込んだお店を開いて暮らす人生以外は考えられない。

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そんな私が突然、再来月にお店を離れることになった。

同じ会社が出版しているデザイン雑誌の編集部に異動が決まったのだ。
お店での接客から編集業務。お店から離れることに抵抗感があったけれど、また一から学ぶ現場で違う仕事をすることを決めた。

アパートメントの連載がはじまった頃には決まっていなかったことだ。
最終回であるこの回はもともと「お店を開きたい」という夢について書かせてもらおう、と思っていたけれどここにきて突然展開が変わってきてしまっている。今でもお店を開いて、幸せを繋ぐことが私の夢に違いない。そこまでの道のりは、だけど私の想像とかけ離れはじめている。

本当のところ、突然の展開にまだ少し不安がある。お店に立ち続けることが何より好きだし、この夢の近道だと思ってきたから。

だけどこの先わたしがお店を開いた時にやっつけなくてはいけない試練は、お客様に対してのサービスや商品の選定、仕入れだけじゃない。お客様や商品以外との対話については滅法弱いことを知っているのに、今までは得意なことしかしてこなかったなと思う。

一個人のお店が他の人にとっても素晴らしいものとして残り続けるには、いろんな人を巻き込んでひとつステージを上がれるような歩み方をしないと続けていかれない。新しい仕事はたぶん、その時のために必要なレッスンをたくさん携えて私を迎えに来るんだろう。

大切な夢において近道を疾走する必要はきっとないんだ。うんと遠回りをして目的地に辿り着けるという筋書きなら、道草はした方がきっと面白いし旅の仲間だってできる余白があるかもしれないから。

だから今は、遠回りに見えることをしてみたいと思う。

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好きな気持ちだけで、いつの間にかここまで辿り着いてしまった。

嫌いなものばかりだった私がありったけの気持ちで恋をしてきた「好きなもの」を、できるだけ濃密に、軽やかに、たくさんの人とシェアしたい。そのために出会ったことのない人たちと知り合い、よく知らない言葉も覚えたりして、なるべく私の知っているど真ん中から離れて遠くに行こう、と思ってる。

時間ばかり経ってしまったらと焦ってしまいそうだけど、お兄さんを忘れずに来れた10年を思えば簡単に消えてしまうような夢じゃない。

次にお店に立てる日は、私がじぶんのお店を現実に開いたとき。
そうやってしばらくお別れすることも未来の私を後押ししてくれたと思えたらいいな。
コラムを通して内側から外側へ何度も行き来のできたことに、勇気の湧く気持ち。

いまは、突然ひらいた扉の向こう側へ。
景色はまだよく見えないけれど、ジャンプ!でひと思いに飛び込んでこよう。