いつからか、好きな場所が増えていった。

第31期(2017年2月-3月)

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僕は、ひょんなことから2014年の夏に鹿児島に引っ越した。
僕個人としては、”移住”ではなく”引越”、そんな感覚だった。
はっきり言ってしまえば、今も昔も場所にそこまでの執着は無い。
こうやって書くと、冷たいとか強がりだとか言われたりもするけど、
自分が住む土地以外で、面白そうだと思った”最初”の場所が鹿児島だったから。
本当に、理由はそれだけなのだ。

アパートメントの管理人の一人でもある大見謝くんのtwitterに、こんな投稿があった。

“移住計画じゃなくて、移動計画でいいんじゃない説浮上。”

僕自身、移住という言葉にどうも抵抗があって、自分で口にするたびに歯の浮くような感じがしていた。
住民票を置いているのが鹿児島だから、「鹿児島に移住した」「鹿児島が拠点」というイメージになってしまう。
しかし、今も色々な場所を行き来して過ごしていることからも分かるように、常に移動しているのだ。
だから自分でも、はっきりと「移住しました」とは言い辛いところがある。
なかなか、この感覚を理解してもらえることは少ないけれど。

振り返ってみると、社会人になってからの7年間、僕はずっと移動していたんじゃないかとすら思う。
中でも軸になっている土地はいくつかあって、鹿児島・長野・東京・名古屋の4都市がそれにあたる。

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最初に鹿児島を訪れたのは2010年の夏、学生時代にtwitterで知り合った友人を頼りに初めて遊びに行ったときだ。
その友達のネットワークがとてつもなく広くて、「友達の友達は、みんな友達!」みたいな感覚でどんどん人を紹介され、それがまた数珠繋ぎのようにさらに広がっていった。
2泊3日ではあったけれど、色々な所に連れて行ってもらい鹿児島の人の温かさと優しさに触れた旅だった。
帰る頃には、知り合い以上友達未満の人達がたくさん出来ていて、「また鹿児島に行きたい」というよりも「また鹿児島の人達に会いたい」という気持ちになっていた。
それから、半年に一回のペースで鹿児島に通うようになり、様々な出会いを経て引っ越すまでに至った。
そのとき出会った友達の状況は(自分も含めて)変わっているけど、6年経った今でも年に1度くらいは会ってご飯を食べる仲だったりもするから嬉しい。

学生時代も色んな所を旅行することはたくさんあったけれど、基本的に友達と一緒のことが多く、雑誌やネットを頼りに行く場所を点で決めて、そこを辿っていく旅だった。
言わば、その土地の上っ面だけをなぞる旅しかしていなかったのだと思う。

「人を訪ねる旅」をするきっかけになったのが、この鹿児島旅行なのだ。

それからというもの、僕は色んなところに訪れる度に、地元の人達とできるだけ関わるようにして、その地に馴染もうとするようになった。
ゲストハウスに泊まったことすらなくて、人付き合いが煩わしくてビジネスホテルしか泊まらなかった僕が、だ。

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次に訪れたのは、長野県上田市。
昨年の大河ドラマの舞台だったこともあり、記憶に新しい人も多いだろう。
きっかけは、友達がブログで紹介していたからだった。

上田には、当時「HOTELLI backpackers」というゲストハウスがあった。(今はもう無いのだけれど)
1階がバーになっていて2階と3階がドミトリーと個室という、今ではよくあるスタイルのゲストハウス。
バータイムには、上田に住む人達が夜な夜な飲みにきて、宿泊者と一緒になってお酒を飲む事もしばしばだった。
街が小さいからこそ集まって来るのは面白い人達ばかり、しかもオーナーが同年代ということもあって、いつしか兄のように慕うようになっていた。
ひどいときは、金曜の夜に仕事終わりで名古屋から車で向かい、土日を上田で過ごし月曜の早朝5時に出てそのまま出勤、なんてこともしていた。(今ではできそうにない笑)

社会人2年目で、年間のスケジュールをある程度理解して、力のかけ方抜き方が分かって来た頃で、
会社のやり方に不満を抱いたり、自分の将来について悩んだり、ストレスが溜まっていた時期だった。
車を3時間走らせて行ける上田は、その頃の自分にとって心の拠り所であり、現実からの逃げ場だったんだと思う。

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時を同じくして東京では、共通の友人を介し「Backpackers Japan」の運営スタッフ(もう今ではみんな役員)とも繋がった。ちょうどそのとき、2号店の「Nui. hostel&Barlounge」の現場が動いていた時期で、「最上階に卓球台があった頃」と言うと、分かる人には分かる懐かしさがあると思う。
彼らと同世代ということもあって意気投合し、それ以来仲良くさせてもらっている。
今も、東京に遊びに行くたびにNui.のバーでみんなと楽しくビールを飲んだりして、「久しぶり〜!東京来てたんだ〜!あれ?昨日まで新潟だったよね?」みたいに声をかけられ、なんだか古巣に帰って来たような感覚になる。(別に働いていた訳でも無いのに)

それぞれ別のフィールドだけど、同じような感覚や悩みを抱えながら活躍している友人がいることは、
僕にとって、もっと向上していかなければ頑張らなければと、気持ちを奮い立たせてくれる必要不可欠な存在のようだ。

一緒にキャンプや旅行に行ったりするくらい仲が良いけど、客観的にどこか俯瞰してお互いを見ていて、何だか付かず離れずのその感じが心地よい。
都会的で冷たいと言われたらそれまでなんだけれど、その中にも相手を思いやる心は持っている。(と思っている)
「近すぎず、でも遠からず」な距離感で、「言いたいことは言えているようで、言えていないような、でも伝えたいことは伝わっている」みたいな、そんな感じ。
数年前からずっと、そんなやりとりが出来ているみんなが、やっぱり僕は好きだ。

思えば、東京で初めて出来た友達だったのかもしれない。

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正直に言うと、僕は名古屋がそこまで好きではなかった。
生まれも育ちも名古屋で、しかも26歳まで名古屋を出たことがなかった。
学生の時分は都会に憧れて、東京へ遊びに行って帰って来るたびに「名古屋はダサいなぁ」なんて思いながら地下鉄に乗っていたものだ。
今思えばそんなのは当たり前のことで、東京は全国各地から精鋭たちが集まって来る場所なのだから。

きっとその頃の僕は、街での楽しみ方を知らなかっただけなのだ。
学生の頃は時間はあるけれど使えるお金は少なくて、社会人になって勤めた会社も郊外にあって、車で家と会社を行き来するだけの生活だった。
目新しく映るのは、やっぱり名古屋ではなく他の土地のもので、休みの度に鹿児島や東京や長野へ出かけて満足していた。

でもそのおかげで、それぞれの土地で楽しみ方を覚えて、
いつからか「もしかしたら、僕が知らないだけで名古屋も面白い場所なのでは?」と思えるようになっていた。
そう考えだすと途端に色々な人と繋がり始め、一人また一人と名古屋での知り合いが増えていき、
今では、名古屋で活躍する面白い大人達と仲良くなって、一緒に何かをできるところまで何とか登ってこれた。

色々な場所で過ごしてきた今も、やはりそこまで場所への執着は無い。
でも、どこにでも楽しいことや面白いことは転がっている。

昔と違うのは、そのことに気付けたことかもしれない。