第7章卍ミスiD2018卍

第33期(2017年6月-7月)

卍第7章 ミスiD2018卍

私は7月から9月の3ヶ月間は観光海女として活動し、残ったシーズンは海女の文化について調べたり、他の海女さんのいる地域に行って交流したり、実際に三重県鳥羽市の海に潜らせてもらったり(鳥羽市は日本1海女の多い町なんですよ。)久慈市の小袖地区の人と交流したり、久慈市の観光PRをしたり、様々なことをしています。(割と何でも屋ですw)

そして2年目の今年は、また新たなる挑戦をすることにし、とあるアイドルオーディションを受けました。

大手出版社講談社が主催するミスiD2018というアイドルオーディションです。

普通の歌って踊るアイドルではなくて、かなーり何でもありなジャンルのオーディションです。

若い色んな女の子が注目しているこのアイドルオーディションに参加すれば、後継者不足の海女が1番手っ取り早くPR出来るのではないかと考え、応募しました。

ターゲットを絞った新しいPR方法だと考えたのです。

今は久慈だけでなく、どこの地域も海女の後継者不足は深刻です。

やっぱり海女のお仕事1本だけでは生活出来ない事、女性の社会進出などが原因だといわれております。

でも、だからといって無くしていい訳じゃない。

この伝統文化をずっとずっと引き継いでいきたい。

文明がどんどん発展しても、ずっと変わらず息を止めて身体1本で潜って、物を採る。

こんなスーパークールなお仕事、他にないでしょ!(笑)

だから私は若い女の子に海女をPRしたい!

海女というお仕事があるんだよ、文化があるんだよ!ということを伝えたいと心から思っています。

皆さんのお陰で一次審査を通過し(ありがとうございます。)二次審査を受けに行くために、夜行バスに乗って12時間揺られて、東京に行きました。

かわいい女の子がワンサカいて目の保養になったり、それを見て改めて自分の女子力を上げよう!とやる気が湧いたり、いつもと違う世界に触れることが出来たりと受けて良かったなぁと思える挑戦でした。
(審査では緊張し過ぎてズタボロでしたがwww)

審査の発表は21日なので、まだなのですが、受かっても落ちても良かったなーって思えます。

受かればそりゃ嬉しいし、落ちてもまた次のことを頑張ればいいだけ。

失敗は悲しいけど、次に成功すれば簡単にそんな思い出塗り替えれることが出来る。

なかなかうまくいかないことは、やり方を色々変えてやってみればいい。

経験だけはお金で買えないから、これからもどんどん挑戦していこうと思っています。

私は高校生から大学生にかけて、かなりの死にたがりでした。

生き辛さをとにかく感じていて、本当に自分がどう生きていったらいいか分からなかったです。

第2子が欲しいだとか、キョウダイが欲しいだとか、そんな親の勝手な理由で、こんなわけのわからない世界に産み落とされて、親のバッキャロー!!!って本気で思ってました。

私の許可ちゃんと取ってよ!!!って思ってました。

だから大学辞めて、引きこもってずっとモヤモヤしてました。

そんな時にあまちゃんを見て、アイドルと海女になりたいって、自分の人生が決まりました。

引きこもりを辞めました。

いつまでも悩んでも悲しんでも、しょうがない。

もう生まれてきちゃったんだから、何が何でも人生楽しんでやる!!!って感じです。覚悟を決めました。

私、岩手で強くなりましたよ、ええ。(笑)

そして自分と同じように生きづらさを感じてる人を元気にしたい。元気な人をもっと元気にしたい。1人でも多くのたくさんの人を元気にしたいって思います。

アイドルってそういう存在だと思うんです。

今日を生きてこうって思えたり、明日を明るくする存在がアイドルなんじゃないかと思ってます。

今アイドルは多様化して、定義が様々だろうけれど、私はそう思っています。

そんな存在に私はなりたいです。

別にただチヤホヤされたいわけじゃないんです。
(そりゃチヤホヤされれば嬉しいけどさ!笑)

この文章を読んだ人が、ちょっとでももうちょっと生きてみようかって気持ちになってもらえたら。

前田比奈マジ馬鹿だなー、コイツより私はマシだな、なら私まだまだやれるじゃんって気持ちになってもらえたら。

その為に、私はこれからも挑戦し続けます。

失敗して転んでもタダじゃ起き上がんねーぜ!げへへ!(笑)