タイの地獄めぐり⑧ ―終章・地獄寺にも仏の精神―

第35期(2017年10月-11月)

 

「地獄寺」―あの世とこの世の境界にある、人間の本音が隠れている場所―

◆地獄めぐり day 27

 この日はヤソートーン県の市街地にあるワット・パーシースントーンへ向かう。朝8時過ぎに宿を出発し、15分ほどで到着した。しかし、早すぎたのか人がまったくいない。とりあえず、お目当ての地獄絵を見に行くことにした。

境内には芝生が広がっていて、いくつものお堂があった。そのうちのひとつに地獄絵が描かれている。ちなみに、地獄絵の前にある仏像は8体あり、それぞれ曜日を司る仏像である(水曜日は昼夜に分かれるので7+1体となる)。タイでは皆自分の生まれ曜日を知っていて、決められた曜日仏や曜日カラーを身につけていることも多い。日本で言うと血液型占いくらいポピュラーなものである。

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曜日仏の背後に描かれた地獄絵は、陰影が丁寧にあらわされた見ごたえのあるものであった。獄卒と亡者が同じような色彩で描かれており、地獄の混雑具合がよく表現されている。

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写真撮影を終え、住職に会いに行くことにした。他の僧侶に住職の居場所を尋ね、教えてもらった場所へ向かった。

出てきた住職は快くアンケートに応じてくれた。アンケートを取っている最中、足元がなんだかモゾモゾすると思い見てみると、リュックの紐で子猫が遊んでいた。あまりのかわいさにアンケートを中断しそうになった。罪深いヤツだ。

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アンケートを終えた頃、住職が「ごはん食べた?」と尋ねてきた。食べていないので「まだです。」と答えると、「じゃあこれを持っていきなさい。」と、自身の托鉢で用いる鉢を持ってきた。そして、袋にはちきれんばかりのパンや果物、お菓子、ジュースを持たせてくれたのである。

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これらの食べ物は、朝早く信者たちが住職に差し出したものである。そして住職は私に「ほどこし」としてその食べ物を与えてくれた。信者たちの善行は、めぐりめぐって見ず知らずの日本人の胃袋を救ったのである。困っている人がいたら無条件に助ける、という仏の精神を、身をもって感じることができてうれしかった。

 調査を終え、住職にもらった食べ物をほおばりながら、次の目的地へ向かうことにした。次の目的地であるワット・テープモンコンは、隣県アムナートジャルーン県にある寺院だ。ロットゥーに乗り込み、アムナートジャルーン県へ向かった。

1時間ほどでアムナートジャルーン県に到着し、そこからすぐ近くにあるワット・テープモンコンへ送ってもらった。ここにはいくつものコンクリート像が並んでおり、その中に少しだけ地獄の亡者像があるという。境内に入ると、すぐにそれを見つけることができた。

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ワット・テープモンコンでは、空間の中央にある仏塔を囲むように、地獄界、餓鬼界、天界など仏教の宇宙観があらわされていた。

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地獄界の部分は、他寺院と比べると少し小ぶりな地獄釜をもってあらわされていた。しかし、小ぶりとはいえ苦悶の表情はきちんとつくり込まれている。

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また「生老病死」の像もあった。出産の場面が表現されたこの像は、そのうちの「生」をあらわしている。

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写真撮影を終えアンケートを取りに向かうと、住職をはじめとした何人もの人たちに迎え入れてもらった。そして、なんとこの寺院でもたくさんの食べ物をもらってしまったのである。本当にありがたいことが重なる日であった。

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また、住職たちは食べ物をくれただけでなく、帰りは近くのバスターミナルまで車で送ってくれた。その際、ほかの2人の僧侶も同乗したので、僧侶3人と一緒に車に乗るというかなり貴重な経験もできた。バスターミナルに着くと、彼らは乗るべきロットゥーまで案内してくれた。本当に優しい人たちである。

 そのままロットゥーに乗り、ウボンラーチャターニー県を経由し、バスでスリン県に到着した。イサーン地方もこれでようやく折り返しだ。ウボンラーチャターニー県のバスターミナルでは少し待ち時間があったので、大好きなムーデートディヤオという干し肉と、もち米をつまんだ。このセットはバスターミナルなどでよく売られているので、私はイサーン地方に来てから毎日食べている。噛むほどに味が染み出る干し肉と、それを全力で受け止める歯ごたえのあるもち米の絶妙なバランスが、本当に本当においしいのだ。これらは基本的に手でつまんで食べるので、この食生活を続けていた私はすっかりごはんを手で食べることに快感を覚えてしまった。なので、いま日本ではなかなかそれができず苦労している。

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◆地獄めぐり day 28

 この日は宿泊したスリン県の市街地にある、ワット・プロムスリンへと向かう。トゥクトゥクに乗り10分ほどで到着した。ここのところ近場の地獄寺が続いているのでとても楽である。

ワット・プロムスリンの地獄空間は本堂から少し離れた場所にあり、少々見つけるのが難しかった。到着すると、草木の生い茂ったプチジャングル系地獄が現れた。

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ここの地獄は五戒が一場面ずつあらわされている。

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なかでも注目に値するのは、「殺生」を表現したこの像である。通常、殺生の罪を犯した者は自身がまるで料理されているかのように切り刻まれる表現が主であるが、この像は亡者のまわりに生前殺めたであろう豚や魚、鳥などが散らばっていた。しかもその表現がまたリアルなのである。

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また、ここには1か所ではあるが地獄絵もある。キョロキョロとした表情の亡者たちがかわいらしい。

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他にも沙羅双樹が舞い落ちた涅槃像や、自然の摂理を悟った骸骨の像など、興味深い像がたくさんつくられていた。

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 珍しい像をたくさん拝見し、調査を終え、そのまま宿泊予定地のサケーオ県へと向かった。この日の目的地は、サケーオ県の中でもカンボジアとの国境にあるアランヤプラテートという街だ。スリン県のバスターミナルから、まずはナコンラーチャシーマー県へと向かった。4時間半という長い移動の間に、イサーン地方の名物であるガイヤーン(焼き鳥)を食べた。もちろん、もち米もセットである。かなりデカい。

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ナコンラーチャシーマー県に着き、アランヤプラテート行きのバスを探す。幸い、近くにいた人が案内してくれたのですぐに見つけることができた。しかし出発は1時間後だというので、近くの売店で買ったショッキングピンクのライチジュースとラズベリーキャンディーを食べて過ごした。ライチジュースはライチ風味の激甘砂糖水と言った方が正しいかもしれない。タイは甘党に優しい国である。

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バスの出発時刻が来たので乗り込むと、先のライチジュースに負けず劣らずのショッキングピンクな座席であった。しかもエジプト柄である。

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この奇妙な座席に座ること約5時間、長旅の末とうとうアランヤプラテートに到着した。しかしバスターミナルなどはなく、路上に降ろされてしまった。これから宿を探さなければならないが、ひとまず腹ごしらえのため近くにあった屋台でトムヤムクンを注文した。エビやキノコはもちろん、レバーなどの肉も入っていて、最高に辛くておいしかった。

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屋台の夫婦にこの辺に宿があるか尋ねると、すぐそこにゲストハウスがあるというので向かうことにした。アランヤプラテートの街は賑わってはいたが、薄暗く、なんとなく治安の悪いような、緊張感のある雰囲気が漂っていた。浮浪者も多い。国境付近の街独特の雰囲気である。

少し不安に感じていると、目の前にロン毛のお兄さんが現れた。満面の笑みでこちらへ向かってくる。どうやら宿で働いている人らしく、泊って行かないかとのことであった。ちょっと怪しく思ったが、話しているうちにただの良い人だとすぐに分かったので、今夜はここに泊ることにした。

ロン毛のお兄さんはザ・ゲストハウスの人、という感じで、とても気さくで親切で優しかった。その日、夜眠れずに外に出ると、仲間であろうおじさんたちも集まっていて、一緒に談笑したり、いきなり心霊動画を見せられたりした。束の間だが、とても楽しい夜であった。

ちなみに、宿の内装は先日ペチャブーン県で宿泊した癒し系宿と同じものであった。流行っているのだろうか。

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◆地獄めぐり day 29

 この日は、昨日のお兄さんが目的地まで送ってくれるというので、お言葉に甘えて送ってもらうことにした。が、朝起きるととんでもない腹痛に襲われていた。おそらく昨日の激辛トムヤムクンのせいであろう。どんなに辛いものに強くても、やはりタイでお腹の調子が悪くなることは時々あるのだが、ここまで痛いのは初めてである。起き上がれない。お兄さんと約束しているというのに、ひどく困った。

とはいえ病院に行くわけにもいかないので、とにかく薬や水を飲んでトイレに行き、(絶対に1時間以内に治してみせる!)と強く思いながら耐えた。結果、1時間後にはなんとか歩けるくらいには回復した。病は気からである。

 この日の目的地は、ワット・コークサパーンカーオという寺院である。前情報によると棘の木像が1体あるという。お兄さんのバイクに乗り、10分ほどで到着した。入り口には象の像があり、その横に棘の木が見える。お兄さんに待っていてもらい、調査を開始した。

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ワット・コークサパーンカーオの棘の木は、珍しく木本来の色をしていた。幹の太さや全体のバランスなどもかなりリアリティがある。

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棘の木をよく見てみると、なにやら扉が付いていた。

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開けようか迷ったが、開けない後悔を考えると居ても立っても居られなくなったので、勢いで開けてみた。

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何もなかった。

その後、住職に会いに行くため、壁全面に森が描かれているメルヘンな建物へと向かった。

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中に入ってみると、なんと内壁にも全体に森が描かれていた。動物もたくさん描かれている。世界観のつくり込みに感心する。

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この壁画のように穏やかな住職は、快くアンケートに応じてくれた。これでこの日の調査は終わりである。待たせていたお兄さんのバイクに乗り、バスターミナルへと向かった。

途中、「お腹空いた?ごはん食べる?」とお兄さんは訊いてくれたが、あいにくまだお腹が痛かったので断った。が、「遠慮しなくていいよ!」とのことだったのでテイクアウトで注文することにした。久々のパッシィーユ、タイ風の太麺焼きそばである。

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この時、ありがたくもお兄さんがお金を払ってくれた。またしても人の善意でごはんにありつけてしまった。本当にタイは素晴らしい国である。

お兄さんと別れるのは名残惜しかったが(そう、この時すでに私はお兄さんの虜になっていた)、この日は3県先のサラブリー県まで行く予定であったので、かたい握手をしてロットゥーに乗り込んだ。お腹は痛いが心は満たされた一日だった。

 その後、4時間ほどかけサラブリー県に到着した。いよいよゴール地点、首都バンコクも目前である。

◆地獄めぐり day 30

 長かった地獄めぐりもついに最終日を迎えた。この重装備移動とも、今日でお別れである。

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 記念すべき今旅最後の地獄寺は、サラブリー県にあるワット・サップボーンという寺院である。この寺院には地獄絵があるという。

ソンテウに乗ること1時間、ワット・サップボーンの目の前で降ろしてもらった。が、ワット・サップボーンは幹線道路を挟んで反対側にある。もちろん歩道などはない。車も猛スピードで走っている。一体どうやって行けばいいのだろうか。

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どうにもこうにもなす術がないので、結局この幹線道路を突っ切るという奇行をするはめになった。タイミングを誤ると死ぬので、全神経を集中させて渡り切った。

ワット・サップボーンに到着すると、すぐに本堂の壁面に地獄絵を見つけることができた。

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絵の中央にあるのは通気口であるが、この穴から漏れた光は、地獄に差し込む一筋の光であるかのようだった。

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この時、本堂にいた住職は私のために地獄解説をして回ってくれた。なんとも贅沢な時間であった。

 調査を終えた後、ちょうど参拝に来ていたおばさん4人組と話す機会があった。どうやら4人ともバンコクから来たらしい。私もこの日バンコクに戻る旨を伝えると、一緒に車に乗っていきなよ!と提案してくれた。これはかなりありがたい話だ。またしてもお言葉に甘え、同乗させてもらうこととなった。

しかし、彼女たちはこれから寺院の掃除があるので、1時間ほど待っていてとのことだった。どうせ待っていても暇なので、掃除を手伝わせてもらうことにした。

 掃除する場所は別堂であり、部屋の中には仏壇やミイラが安置されていた。これは期待が高まる。さっそく、仏壇に飾ってあった仏具を搬出し、水拭きや蝋落としを行なった。これまでお世話になった地獄寺、住職、僧侶、運転手、店員、宿の人、道行く人、数えきれないほどたくさんの人への感謝を込めて、念入りに掃除をした。

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途中、ミイラの棺も掃除させてもらった。こんな貴重な経験は、今後もうできないかもしれない。

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掃除を終えると、みんなでお供え物の果物を食べた。久々にブドウを食べる。

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談笑が一段落すると、いよいよバンコクに向けて出発することになった。途中、サービスエリアのような場所で、おばさんたちがカオマンガイを食べさせてくれた。本当にここ数日、人にほどこしてもらってばかりである。

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そうこうしているうちに、バンコクへ戻ってきた。車の窓からは、これまでの壮大な自然とは違い、高いビルが並んでいるのが見える。あぁ、本当にタイを一周して帰ってきたんだな、と心からホッとした。今年も無事に調査をやり遂げることができたんだ。よかった。

車から降りて、おばさんたちにお礼を言った。長かった地獄めぐりも、本当にこれで終わりである。

 これまでの地獄めぐりでは、行く先々で数え切れないほどたくさんの人に助けてもらった。私はひとりで地獄めぐりをしているが、自分の力だけでやり遂げているわけでは決してない。途中途中で助けてくれる人がいなければ、絶対にやり遂げることなどできなかった。

タイ人には仏の精神が宿っている。ほどこすこととほどこされることは、常に表裏一体となって、タイ人の生活に密着している。私はこの見返りを求めない優しさにふれる度に、彼らへの恩返しの気持ちを込めて真剣に研究に取り組まなければならないと奮い立たされるのである。

 さいごになるが、みなさんは地獄寺にどのような印象を持っている、もしくは持っていただろうか。グロテスクでキッチュな表現がゆえ、珍奇な場所であると思っている方も多いかもしれない。その感覚は日本人として当然のもので、私は地獄寺を研究しているからといって、「地獄寺はそんな低評価を受ける場所ではない!もっと文化的に意味がある!」などと声を荒げ批判をするつもりはない。しかし、一口に地獄寺といっても、これまで紹介してきたように、一つとして同じものはないのである。それぞれの地獄は、その寺院を中心に生活する人たちに密着し、日常の風景として溶け込んでいる。そして、そこにみられる表現は、現代化していたり、現実の罪を色濃く反映していたり、はたまた住職の趣味全開であったりする。

そうした地獄表現は現実を写すいちばんの鏡であり、そこには人々の本音が見え隠れしている。もし地獄寺に訪れることがあれば、どうかそのことを思い出していただきたい。そして、タイ人が何を思って地獄をつくっているのか、その本音に少しでも思いを馳せてもらえたなら幸いである。

タイの地獄めぐり ―完―。