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2F/当番ノート

タイの地獄めぐり⑦ ―痛みなくして、得る地獄なし―

当番ノート 第35期

「地獄寺」―あの世とこの世の境界にある、人間の本音が隠れている場所―

◆地獄めぐり day 22

 この日は丸一日移動日であった。ここにきて、これまで一日も休まずに続けてきた地獄めぐりをはじめて休んだのである。

 最終目的地はペチャブーン県であったが、一日中バスに乗ってもいっこうに辿り着かなかったため、急遽途中のピサヌローク県に宿泊した。いつもは心配なので前日までにネットで宿を予約するのだが、予定通りにいかずキャンセル料を無駄にしてしまうことが多くなったため、この日以降現地で宿を探す作戦に移行した。この日の宿は水シャワーにボロボロのタオル、おまけにカエルのいる宿であった。

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お世辞にも快適とは言えなかったが、これもまた自分の現地適応能力をあげる良い機会であると言い聞かせた。宿の近くで食べたローカル感満載のカレーがおいしかった。

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◆地獄めぐり day 23

 丸一日の移動日を経て、ペチャブーン県に向かう。地獄めぐりも今日から再開である。昼過ぎにはペチャブーン県に到着したが、目的地のワット・サップノーイタンマラッサミーへはまだまだ時間がかかりそうだ。結局、寺院に到着したのは16時過ぎであった。

この寺院には地獄絵があるはずであったが、寺院の人に聞くと修復工事によりすべて取り壊してしまったらしい。ここまで7時間近くかけて来たのに…。これにはさすがに凹んだ。

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仕方がないのでアンケートのみ取り、そこで教えてもらった別の寺院へと向かう。しかし、その寺院にも既成の地獄絵しかなかった。これでは調査はできない。ことごとくついてツイていない一日である。

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 結局、この日は22時を過ぎてやっと宿へ辿り着けた。まわりには店も何もなく、ごはんにもありつけなかった。思うようにいかない一日であったが、宿の内装が思いのほか癒し系だったので救われた。

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◆地獄めぐり day 24

 気を取り直して、この日はチャイヤプーム県にあるワット・プラタートサームムーンへ向かう。いよいよ本格的に東北地方へと入っていく。タイの東北地方はイサーン地方と呼ばれ、長らくクメール王朝の支配下であったことから、独自の文化をもっている地方でもある。一般には農業を主とする貧困地域であると言われ、単刀直入に言うとド田舎である。しかしその分、人は優しいし、ごはんもおいしい。私はそんなイサーン地方が大好きである。

 この日は昼過ぎに寺院に着いた。ワット・プラタートサームムーンの地獄はこれまでに類を見ない不思議な構造となっている。全体は渦巻き状になっていて、その壁には全面に地獄の浮彫が施されている。さらに、渦巻きの中心部には立体像もあるのだ。地図を見ると、こんな感じにあらわされていた(④が地獄空間)。

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さっそく行ってみると、茂みの中に渦巻き地獄が現れた。

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大きすぎて全貌がつかめない。右に見える入り口のようなところから入ってみることにした。渦巻き状の壁には、様々な亡者とその説明が浮彫であらわされている。

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その数はかなり多く、とても見応えがあった。中には珍しい表現も多く見られたので、少し紹介したい。

左は動物を穴に投げ捨てた亡者。糞尿地獄に堕ちている。右は国家を焼いた亡者。餃子に包まれているように見える。

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左は衣服を盗んだ亡者。全身網タイツを着せられているように見える。右は肉を盗んだ亡者。身体が肉塊になってしまっている。

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左は仏法を尊重しなかったムエタイ選手。虫になってしまった。右は同じく仏法を尊重しなかったケーン奏者。ケーンとはイサーン地方の伝統楽器であり、笙に近いものである。この亡者は頭部がケーンになってしまった。

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獣頭人身の亡者たち。右は貝であるが、チョココロネにも見える。

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中心部には先に述べたように、立体の獄卒や亡者たちが佇んでいた。

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この獄卒に近づいて写真を撮ろうとすると、首元の黒い物体が動き出した。

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この黒い物体はアシナガバチの巣だったのである。一匹でさえスズメバチに匹敵する毒があるというのに、こんな大量のアシナガバチに刺されたらひとたまりもない。幸いにもこちらへは向かってこなかったが、本当にヒヤヒヤした。

 調査を終え、この日はコーンケーン県に宿泊した。少し良い宿に宿泊したので、非常に快適であった。

◆地獄めぐり day 25

 この日は県内のワット・サブアゲ―オという寺院へ向かう。まずはノーンソーンホーンという街へ向かい、そこからバイクタクシーへ乗り継ぐ。2時間ほどで到着した。

 ワット・サブアゲ―オにはかなり古い地獄絵があるという。寺院に着くとすぐに見つけることができた。

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お堂の四面に壁画が描かれており、背面の一部に地獄が描かれていた。屋外にあるため損傷は激しかったが、伝統的な地獄表現を知ることができる貴重な壁画であった。

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こちらは地獄釜。顔の部分は剥落してしまっている。

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こちらは棘の木。

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身体の一部が肥大してしまった亡者たち。右端の亡者は犬に乳房を噛まれている。

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バイクタクシーの運転手も「初めて来たので見ていきたい!」と、一緒に壁画を眺めていた。こうやって興味を持ってもらえると待たせているという意識がなくなるので、精神的にとても楽になる。アンケートに答えてくれた住職も優しい人で、この日の調査はスムーズに終わった。

 その後、13時過ぎにはノーンホーンソーンのバス停へ戻ることができた。コーンケーンのバスターミナルへ戻るロットゥーは、次は45分後に発車予定であった。先の運転手が「この辺にはジュースも売ってるしアイスもあるよ!」と教えてくれたので、バス停付近をぶらぶらすることにした。

すると、停留所の奥に突然遊園地が現れた。

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これはすごい!と近寄ってみると、何とも魅力的なメリーゴーランドが。著作権もクソもない、大変自由なサイケデリックメリーゴーランドであった。

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まるで悪い夢でも見ているかのような、不思議な空間であった。こんな遊園地がド田舎のバス停にあるなんて、タイにはまだまだ宝が眠っているのだと実感した。

 この日はローイエット県に辿り着き、そこで宿を探した。よさそうな宿が見つかったので、近くでワンタン入りの麺を食べた。めちゃくちゃおいしくて、スープまで全部飲み干した。

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そしてここでもまた、先のメリーゴーランドを彷彿させるヤツらに出会った。

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キャラクターによく会う一日であった。

◆地獄めぐり day 26

 この日はローイエット県にある地獄寺を2か所調査する予定であった。ローイエット県といえば、ワット・パーノーンサワン、ワット・パーテワピタックプラチャーバムルーンなど、個性派地獄の揃う県である。期待が高まる。

参考までにワット・パーノーンサワンとワット・パーテワピタックプラチャーバムルーン。

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 最初の目的地は、ワット・パーノーンハイトーンという寺院だ。朝7時という早い時間に宿を出発し、バイクタクシーで40分、寺院に到着した。敷地に入ると、すぐに亡者の像を見つけることができた。しかも私の大好きな骸骨がたくさん見える。意気揚々と写真撮影に取り掛かる。

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ちょうどこの像の写真を撮っている時だった。

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「痛ッ!!!!!!???!!?!」

突然、右腕に激痛が走った。直感的に何かに刺されたと分かったが、刺された位置から考えて、獣や蛇など地を這うものではなさそうである。とするとハチやアブの類だろうか。それにしても痛い。私は痛みにはかなり強い方だし、これまでどんな変な虫に出会っても調査を中断したことなんて一度もなかった。しかしこれはまずい。痛みが取れないどころかどんどん痛くなってきた。押さえる手を外すことができない。しかも赤く腫れてきている。

あまりの激痛にバイクタクシーの運転手に助けを求めた。「何かに刺された!!すごく痛い!!どうしたらいい?!」と必死に助けを求めると、隣にいた住職が何やら謎の薬を持ってきた。それは真っ黄色な軟膏であった。なんだかよくわからないが、藁にもすがる思いでその軟膏を塗りたくり、すぐに写真撮影を再開した。我ながら強い精神力だ。

しかし何度も言うが、本当に本当に痛かった。たかが虫にここまで激痛をもたらされることがあるとは。自然の怖さを思い知った。

あとから見てみると周辺にはアシナガバチが飛んでいたので、刺した虫はおそらくアシナガバチであった。昨日、ワット・プラタートサームムーンでヒヤヒヤさせられたあのアシナガバチである。そもそも静かに写真を撮っていただけなのになぜ刺されたのかは不明だが、やはり全身黒ずくめであったことが敗因のようであった。タイの茂みに入る際は絶対に黒い服は避けるべき、と身をもって学んだ。

 話は地獄に戻るが、この寺院には地獄絵もあった。一見ゆるいタッチで描かれているように見えるが、陰部をネズミに喰われるなどその表現にはかなりキツイものがあった。

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 調査を終え、本日2か所目の地獄寺へ向かう。ワット・バーンノーンサワンという寺院である。

寺院に着くと、何やら見慣れない装飾を施された本堂があった。近づいて見てみると、なんと壁や屋根、門の装飾に至るまで、すべて緑と茶色の空き瓶で出来ているではないか。これが噂の「瓶寺」というものか。ただただ圧倒された。

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本堂の内部も瓶や鏡でできていた。素晴らしい発想と技術である。

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しかし、この寺院へ来た目的は瓶寺を見ることではない。少し進むと、開けた場所に大きな亡者の像が2体現れた。これは今まで見た中でもかなり大きく、迫力がある。

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手の先から足の先、また関節に至るまで、かなりつくり込まれていた。

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 またこの寺院には先の寺院同様、地獄絵もあった。

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少し色褪せてはいたが、2種類の無頭人が描かれている点など、なかなか見応えのある壁画であった。

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 この日は予定より早く調査が終わったため、前日に新情報として教えてもらった、マハーサーラカーム県にある寺院に行くことにした。

 結論から言うとこの寺院はどんなに探しても見当たらず、バイクタクシーの運転手を何時間も連れ回す結果となってしまった。そしてそのことについて、かなりグチグチと文句を言われてしまった。彼に悪気はないようであったが、道行く人にいちいちこの悪状況を笑い話として言いふらすのである。タイ人特有のおしゃべり精神が存分に発揮されていた。彼らはタイ語で話しているがこちらは意味がわかるので、その度に申し訳なさとそんなに言わなくていいだろという怒りがこみ上げて来て、泣きそうになってしまった。もうわかったから、私が悪いんだ、だからいちいち言いふらさないで、と。そして、もう運転手の話に相槌を打つことも愛想笑いをすることもままならない精神状態になってしまった。

私があまりにもしょげていたので、運転手はそれを察したのか、途中で売店によって水を買って休ませてくれた。その時見た夕日は、自分の不甲斐なさと運転手の優しさとがごちゃ混ぜになって、いまだに忘れることができない。

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この日はいろいろな痛みを感じ、ひどく疲弊した一日であった。

 地獄めぐりはいつも順調に進むわけではない。1か月もひとりでこんな生活を続けていると、どんなに気を張っていても弱さが出てしまうこともある。好きだからやっていることが辛くなってしまうのは悲しいことであるが、そうして得られた地獄の景色だからこそ、心に焼き付いて離れない。苦労して得た景色や情報、そして旅の挿話は、それだけ価値が生まれる。痛みなくして、地獄は得られないのである。

タイの地獄めぐり⑧ ―地獄寺にも仏の精神― へ続く。

椋橋 彩香

椋橋 彩香

地獄研究家です。
タイの地獄寺について専門的に研究しています。

Reviewed by
美奈子

“この日の宿は水シャワーにボロボロのタオル、おまけにカエルのいる宿であった。” ー信じられないほど深い旅の末の地獄、なのです。

わたしが常々不思議に思うのは、地獄の造形そのものも、地獄を巡る旅も、祝祭的な生命感に溢れており、連載を読むたびに、とにかく明日も頑張ろうと勇気付けられます。

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