入居者名・記事名・タグで
検索できます。

2F/当番ノート

タイの地獄めぐり⑥ ―大粒の雨、粒ぞろいの地獄―

当番ノート 第35期

「地獄寺」―あの世とこの世の境界にある、人間の本音が隠れている場所―

◆地獄めぐり day 16

 地獄めぐりもいよいよタイ最北部へ。この日の目的地はワット・ナンターラームという寺院だ。前回綴った自然の脅威と隣り合わせの宿からバスで2時間、峠道を越えファーンという街に辿り着く。しかしバスターミナルなどはなく、市場のようなところに降ろされた。

そこから歩くこと30分、道路沿いにあるワット・ナンターラームに到着した。バイクタクシーなどを含まない公共交通機関のみで行くことのできる、貴重な地獄寺だ。

 ワット・ナンターラームでは、ここ最近紹介した地獄寺とは打って変わって、群像をもって地獄があらわされている。近年修復したばかりとのこと、色彩も鮮やかに残っていた。

1

2

この寺院の地獄は区画分けされていて、手前にある説明書きによりそれぞれ何地獄かがわかるようになっている。

3

4

それにしても生々しい身体表現である。

5

6

棘の木のもとにいる犬もなんだか邪悪な模様をしていた。

7

獄卒が持つ金棒は棘の木のようだった。そうか、金棒は携帯用棘の木だったのか。

8

ところどころに蛇も這いずり回っている。

9

10

こちらは無頭人。

11

無頭人はタイの地獄表現の中で、比較的早い段階から登場するキャラクターである。このように頭部が胴部に移動した生き物は、洋の東西を問わず、未開の地に棲む異部族や超人としてその存在を考えられてきた。しかしタイにおいては、この無頭人はなぜか地獄の住人として組み込まれたのである。

途中、子供が来て地獄の犬に乗って遊んでいた。子供は本当に怖いもの知らずだ。

12

なぜかこの日は腹を壊してしまい、調査中も少々苦しんだが、なんとか一通り調査を終えることができた。住職は別れ際、論文ができたら送って、と住所を書いてくれた。必ず送れるようにがんばりたい。

◆地獄めぐり day 17

 この日は宿の近くにある地獄寺へ。ワット・メーイートという寺院である。チェンダーオバスターミナルのすぐ近くにあり、宿からバイクタクシーに乗り20分ほどで到着した。

実はここ、一昨日チェンダーオの街に来た時にはすでに目に入っていた。この4体にも及ぶ巨大像が目立っていたからである。

13

この寺院の地獄も先のワット・ナンターラーム同様、五戒を用いて地獄が順番にあらわされていた。

殺生を戒める第一の地獄。

14

偸盗を戒める第二の地獄。

15

飲酒を戒める第五の地獄。

16

この寺院の無頭人はまるまるとしている。まるでハンプティダンプティだ。

17

 この日は調査を終えた後、チェンダーオの街を離れ、チェンラーイに向かうこととなっていた。そのために昨日訪れたファーンの街へと再び向かい、そこから乗り合いバンのロットゥーでチェンラーイへ向かった。しかしロットゥーはすでに満席であったので、私は車内の隙間に臨時のプラスティック製の小さい椅子を置いて座ることとなった。これでそこそこの山道を通るのだから大変である。

2時間ほどでチェンラーイに到着した。そこから満員のバスに乗り、チェンラーイ市街地に着いた。バスの中は人も荷物もぎゅうぎゅう詰めであった。

18

チェンラーイはさすが観光地、外国人がたくさんいるし、ピザ屋やカフェも並んでいる。宿も昨日と比べるとかなり快適である。驚くべきことに24時間受付に人がいるのだ。しばらくはチェンラーイに滞在することになるので、ホッと一息ついた。

◆地獄めぐり day 18

 チェンラーイ1日目は、ワット・メージェーディーという寺院へ。同じチェンラーイ県内とはいえ、昨日のファーンの街へ帰った方が近いという、かなり外れた地域にある地獄寺である。バスに揺られること2時間でウィアンパーパオという街に到着した。そこからすぐにソンテウに乗り、1時間ほどで寺院に到着した。この時のソンテウ運賃はなぜか無料だった。バスの運転手夫妻が支払ってくれたようだ。ありがたい。

ワット・メージェーディーと看板がある道路沿いを歩いていると、そこからかなり奥まった場所にワット・メージェーディーは現れた。看板があてにならなすぎる。

19

寺院の敷地に入るなり、巨大な大砲や鉄砲が目に入った。何やら攻撃的な寺院だ。

20

21

その反対側の敷地には、かなり大きな亡者が腰掛けているのが見えた。近づいて見る。

22

23

巨大像の近くには、白で統一された亡者や骸骨、無数に生える手などがあった。

24

25

26

骨の大きさもかなり大きい。私の足と比べるとこんなに大きく、まるで恐竜の骨のようであった。

27

階段を上ると大きな口へと繋がるレールが現れた。まだ何も作られてはいなかったが、いずれ何かしらの仕掛けができるのであろう。

28

29

ワット・メージェーディーの造形は、同じチェンラーイにある有名観光地ワット・ローンクンのそれにかなり似ている。住職曰く、接点はないらしい。
参考までに、こちらがワット・ローンクン。

30

 写真を撮り終わり住職にアンケートを取ろうと本堂へ向かうと、壁に変わったものがついていた。

31

32

33

この連載の第1回、第2回に登場した眼人間を覚えているだろうか。実はこれ、その眼人間と同じものであり、それぞれ眼・耳・鼻・舌・肉体(身)・心臓(意)をあらわしているらしい。仏教では人間のもつ感覚器官を6つの要素に分けて考え、この思想は「六根」といわれている。そして六根の思想を表現したものがこの「変わったもの」であり、その表現の進化系が第1回や第2回に登場した眼人間や耳人間ということなのだ。旅の中盤にしてやっと眼人間の謎が解けたのである。

本堂に入ると住職は昼寝をしていた。悪いとは思いつつも声をかけると、住職は起き上がった。この寺院の住職は筋骨隆々系の方で、武器を愛してやまないらしい。途中、彼の所持する鉄砲を持たせてもらった。ここは本当に寺院なのか。

34

 帰りはバス停まで寺院のおじさんに送ってもらった。行きは道路の途中で降ろされたので、帰りの術がなかったのである。ありがたいことが重なった1日であった。

◆地獄めぐり day 19

 前日、昨年訪れたチェンマイにあるワット・メーゲッドノーイという地獄寺で、地獄祭りなるものが開催されているという情報を得た。チェンマイは昨日離れたばかりで戻るとなるとかなり時間がかかるが、この祭りを見逃すわけには行かず、この日は朝早くからチェンマイに舞い戻ることとなった。

 ワット・メーゲッドノーイはタイきってのグロテスク地獄寺として有名な寺院である。到着すると、入り口にはパレードのフロートが並んでいた。

35

36

37

ただただすごい。地獄パレードたるものがこの世に存在するとは。しかしながら、このパレードは昨日すでに終了してしまい、今は展示のみとのこと。あと一日早く来れば見れたのに!悔しすぎる!とはいえ嘆いても仕方ないので、舐めるように見尽くしてチェンラーイに舞い戻った。

◆地獄めぐり day 20

 この日の目的地はミャンマー国境のすぐ近くにある、ワット・タムプラーという寺院だ。ワット・タムプラーまではバスと自転車を乗り継いだ。自転車とは運転手付きの三輪タクシーのことだが、トゥクトゥクなどと違い運転手が自力で漕ぐものである。運転手は見るからに辛そうなのだが、これが唯一の稼ぐ手段なのかもしれないと思うと少し複雑な気持ちになる。そんな自転車にしばらく乗り、ワット・タムプラーに着いた。運転手は自転車で来るには遠すぎだよ…とぼやいていた。

 この周辺はミャンマーの国境、また中国に近いこともあり、街並みはこれまで全く違うものであった。中国式の家屋が並び、門には漢字を並べた対聯がかかっている。以前中国の田舎へ行った時に見た風景と同じであった。(写真を撮り忘れたので中国で撮った写真を参照してほしい。)

38

ワット・タムプラーには巨大像2体、棘の木像、地獄釜像、ピーの像が2体あった。

39

40

亡者や獄卒の髪の毛には毛糸のようなものが使われていて、かなり恐ろしい様相だった。やはり「髪」というものは恐ろしさを増長させる。

41

42

 僧侶と話した後、先の自転車おじさんを再び呼ぶのはさすがにかわいそうだと思い、どう帰ろうか思案していたところ、僧侶が近所のおじさんを呼んでくれ、その人のバイクで送ってもらえることになった。雨の中バイクで走っていると、おじさんは何やら言っている。雨なのでよく聞こえずにいたら、おじさんの自宅へ着いた。えっ?と疑問に思ったが、どうやらミャンマーの国境近くまで送ってくれるとのこと、そのために車を取りに来たらしかった。この日はミャンマーの国境越えを予定しており、そのことも僧侶に話してあったのだ。なぜか突然民家にお邪魔することになり困惑したが、おじさんの奥さんが水を出してもてなしてくれたりした。しばらく座って待っていると、準備が終わったので行こう!と声がかかった。

車の荷台を見るとなぜか大型犬が載っている。

43

おじさんによると、飼っている犬が足を怪我しているので病院に連れて行くとのことだった。そのついでに私を送ってくれるというのである。そしてこのおじさんと奥さんと私、そして犬一匹で車に乗り込み、ミャンマー国境の街、メーサーイへ向かった。

途中、後ろを見ると雨除けのビニールがめくれて困っている犬と目があった。もう少しで着くからがんばれよ。

44

 メーサーイの手前まで送ってもらい、お礼を言った後ソンテウに乗り込み国境へと向かう。私は今回観光ビザを取得せずに入国したので、一度国境を越えて滞在期間を延長する必要があったのだ。これはビザランと呼ばれあまり奨励すべき行為ではないが、前からミャンマーには行ってみたかったので今回は良しとした。

ミャンマーの国境越えはかなり簡単で、すぐにミャンマーに入国することができた。情けなくもビルマ語はまったくわからないのだが、ある程度タイ語も通じる。素晴らしい。

45

ミャンマーではツアーに任せて寺院をめぐったり、言われるがままに謎の肉を食べたり、お土産を買ったりした。謎の肉についていたスープが死ぬほどおいしかった。浸かりたい。

46

 数時間の滞在の後、すぐにタイに戻ってしまった。ゆっくりしてもよかったが、ビルマ語はわからないし、あまりにもミャンマーの知識がないので不安が大きかった。やはりその国で安心して過ごすには、その国の言葉を習得することが必須であると感じた。次は、挨拶くらいは勉強して行きたい。

◆地獄めぐり day 21

 チェンラーイ最終日は、ワット・フアイプラシットという寺院へ向かう。ロットゥーとバイクタクシーを乗り継ぎ、1時間半ほどで寺院に到着した。この寺院の地獄はまたもや私の大好きなジャングル系地獄であった。ジメジメ度と草木の生い茂り度はピカイチだ。しかもその規模はかなりのものである。ジャングル系地獄おなじみの恐竜もご健在である。

47

48

地獄を選り好みするつもりはないのだが、この地獄はかなり好みなタイプであった。少し多めに紹介したい。

地獄の入り口らしき建物がある。矢印の先は地獄だと記されていた。

49

50

赤褐色の身体をした獄卒と亡者たち。

51

草の陰から脅かしてくる亡者。

52

首吊りの像。

53

露天風呂かと見間違うほどの大きさを誇る地獄釜もあった。水の張った釜の中に亡者が浸かっている。まるで薬湯のようである。

54

堕胎の像。胎児が顔をのぞかせている。

55

56

うなだれて慰め合う亡者たち。

57

とても楽しげに見える、逆さまになった亡者。

58

なんとも言えない表情をしている地獄釜の亡者。この人は本当に苦しんでいるのか。

59

まだまだ紹介したい気持ちは山々だが、あとは自分の目で確かめてもらいたい。

 アンケートを取りに行くと、何やら年配の方がたくさん集まっていて、集会が行われていた。しばらく待ったのち、住職に事情を説明しアンケートに答えてもらった。が、なぜか寺院にいた女の子が代筆することとなった。彼女の意図はよくわからないが、完全なる二度手間である。かなりの時間を費やし無事調査は終わった。

しかし外を見るとバケツをひっくり返したような大雨である。これでは帰れないので、しばらくその女の子と話して待つことにした。彼女は私と同い年で、この寺院で働いているらしい。ごはん食べた?と訊かれたので、まだ、というと集会で振舞われたであろう麺を食べさせてくれた。軽く味付けをして炒めた麺にライムを絞る簡単な料理だが、これがめちゃくちゃおいしかった。調子に乗って3度ほどおかわりしてしまった。またデザートにはラムヤイやランブータンなどのフルーツも出してくれた。彼女がひたすら皮を剥いてくれるので、これもかなりの量を平らげた。

60

しかしまだ雨は止まないので、その後日本に留学している彼女の弟とスカイプをしたりしてしばらく過ごした。私たちはすっかり友達になっていた。

雨が止んだので外へ出ると、なんだか騒がしい。何かと思い見てみると、なんと寺院の目の前を流れている川が氾濫していたのである。ヤバイ、と直感的に思ったが、思いの外みんな興奮している。中には写真を撮ったりしている人もいた。近くの家は浸水しているというのに、まったくのん気である。しかしそんなタイ人たちに便乗して、私も写真を撮ったり裸足になって歩き回ったりした。これがとても楽しくて、先の女の子とはしゃぎまわった。

61

62

63

途中、人頭みたいなものが流れてきてギョッとしたが、ココナッツであった。さすが南国である。

64

そうこうしているうちに、住職が記念写真を撮ろうと言うのでなぜか混ざることになった。かなり意味がわからないが、これもまた貴重な体験だ。

65

しばらくはしゃいだ後、先ほど呼んでおいたバイクタクシーが到着したので帰ることにした。裸足のままバイクにまたがり、ど田舎の畦道を走った。なんだか “生きている”感じがして、とても気持ちがよかった。こうして、タイ縦断の旅は幕を閉じた。

66

 チェンマイやチェンラーイは山の近くなので雨も多い。雨が降ると調査は難航するし、行き帰りも大変になる。嫌なことばかりだが、雨だからこそ助けてもらえることや経験できることもあった。また、北部は地獄制作年代が比較的新しいという特徴がある。したがって、他の地獄寺には見られない新しい表現の宝庫なのである。峠道が多くアクセスはあまりよくないが、どれも粒ぞろいの地獄なのでぜひ訪れてほしい。

 次回からは、いよいよ後編にあたる東北地方へと突入する。連載も残るはあと2回。もう少しお付き合いいただければ幸いである。

タイの地獄めぐり⑦ ―痛みなくして、得る地獄なし― へ続く。

椋橋 彩香

椋橋 彩香

地獄研究家です。
タイの地獄寺について専門的に研究しています。

Reviewed by
美奈子

寺院や地獄の多様さと、誤解を恐れず言えば、特別視されていない様子に、驚きと混乱を覚えます。日常の風景とは、かくも逞しく美しく、また謎に満ちているのだと、遠い日本から思いを馳せます。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る