クリスマスと私。

第36期(2017年12月-2018年1月)

クリスマスが大嫌いだ。

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(↑新明解国語辞典)

いつから大嫌いなのか、その起源は定かではない。
私史上、最大級の謎と言われている。
これだけの嫌悪感なのだから、私の身の上にきっとすごい事があったのかもしれない。

だから、覚えてないのが恐ろしくもある。
あまりの出来事に精神を自衛するために、
自ら記憶を抹消しているのだろうか。
でも、記憶のフラッシュバックとかは起きない。
親に聞いてみたらわかるのだろうか。
怖くて聞けないし、
聞いたところで私は両親にとても愛されているので、彼らはきっと優しい嘘をつくだろう。

このように私のクリスマス嫌いの起源は謎である。
全く迷惑な話だ。
クリスマスさえ無ければ、こんな思いをしなくていいものを。

とにかく、街がクリスマスな雰囲気を醸し出してくると

「戦わねばならぬ」

と私の中で何かが起動する。
断っておくが、私はガンジーと比肩して恥ずかしくない程の平和主義者である。
そして、基本的に専守防衛を自衛戦略としている。

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(↑身近な所から進攻してくる典型例)

が、しかし、クリスマスのやつばらは私が生まれてからこの方毎年、我が平穏を蹂躙してくる。
であるからして、私は平和の闘士として立ち上がらなければならない。
「平和の為に戦う」と言う矛盾を平和主義者に強いてくるクリスマスを私は憎む。
ガンジー並みの平和主義者の私が抱く、この葛藤を読者諸君はご理解頂けましょうか?

私が高校生の頃にクリスマスシーズンまっただ中で「タイタニック」が映画館でかかっていた。
各種メディアでは「恋人達に贈る」とか「カップルで観るべき」などと囃し立てていた。
思い出すだに忌々しい冬であった。

「独りで観てはいけないのか?」

私は憤った。
それを世に訴える為にクリスマスの夜に、カップルでほぼ満員の映画館に単身乗り込み「タイタニック」を観た。
涙が出た。
それは映画の内容に対しての涙なのか、独り身の寂しさからなのか、
誰も私の訴えに耳を傾けようとしない世間にか、今なおわからないでいる。

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(↑キラキラにイライラしてしまう)

翌年のクリスマス。
イルミネーション華やかなりし表参道に私は独り、いた。
無言のデモであった。
確か2往復くらいしたと記憶している。
誰一人として、私の怒りを、嘆きを訴えを気にかけなかった。
泣けた。

そして、またある年のクリスマスイブ。
私はディズニーシーを目指していた。因みにディズニーも大嫌いである。
大嫌いが最大限になる時間、場所に身を置いた時に自分がどうなるか、知りたかったのだ。
言うまでもないが、平和の為の戦いでもあった。

チケットを買う為に並んだら整理係りの人が、

「お一人様ですか?」

と聞いてきた。その表情には同情と嘲りと優越感、そして驚きが見て取れた。私はこめかみの辺りがヒクヒクするのを感じながらも「独りです」とだけ答えた。

チケットを買う段になり、チケット売り係りの人から、

「お一人様ですか?」

と聞かれた。
チケットを売りながらとは言え、
直前まであなたは私が独りで並んでいたのを見ていただろうよ、と私は思った。
グッと堪え「独りです」と答えた。
チケット売り係りの人の表情に、整理係りの人のそれと同じものが滲んでいたのは、
ここまで読んでくれた読者諸君には想像に難くないであろう。

ディズニーシーには7つの海があると聞いていた。
そして、それぞれの海を象徴する場所があり、そこで写真を撮るのが習わしだとも。
この戦いの記録、この戦争の悲惨さを後世に伝える為に私も「写るんです」を用意していったのだった。

山育ちの私は生まれて初めて7つの海を股にかけた。それはいい経験だった。
しかし、7つの写真スポットでディズニーシーの写真撮り係りの人もまた、判を押したが如くの

「お一人様ですか?」

と言う悪意を私に向けてきたのだった。
辛く厳しい戦いだった。全ては世界平和の為と歯を食いしばった。
そうして、7つの海を制した時には夕暮れ時になっていた。
いささか疲れてはいたが、夜の「パレード」という大魔王との対決が私を待っているのだった。

どこかで時間をつぶそうと休める場所を探し、とぼとぼ歩いていたら不意にドンッと突き飛ばされた。
何が起きたかわからず、呆然とする私の前方をピノキオとコオロギ(の着ぐるみきた人)が駆けていった。
謝罪は皆無だった。
泣きたくなった。
帰ろう。家に。

ほうほうの体で舞浜駅にたどり着いた。
駅前では恵まれない人の為に募金を募っている人々がいた。
愛と夢の国帰りだからな、さぞ、皆さん、慈愛の精神を発揮するのであろうよと私はその光景をみていた。

しかし、クリスマスイブと言う日に、
かの国とかの海で愛と夢を存分に充填してきた人々は悉く無視し、
ふくふくした顔をして駅改札になだれて行くのであった。
愛と夢は世界のためには発揮されない、その事実を目の当たりにした。
泣けた。

以上がいくつかのクリスマスと私の戦いの記録である。
この記録が読者諸君がとらわれているかもしれないクリスマスへの迷妄を粉砕する契機とならん事を、
私は切に、切に願う。

そして、1日でもはやくクリスマス打倒を成就し、世界に真の平穏が訪れて欲しいと思う。

それでは、皆さん、打倒クリスマス。
(メリークリスマスの発音で)