Red wine and… freedom.

第38期(2018年4月-5月)

なんか、バカみたい。
偉大な、とてつもなく広くて穏やかな、大西洋。そこにそびえる、フィニステーラ岬。
Finnistera…
Fin、つまり終わりってこと。誰かに聞いたけど、The end of the world(世界の果て)、なんて言われているらしい。
旅を終えた巡礼たちがたむろして、岩にへばりつく牡蠣みたく待ってんのさ。全く、滑稽じゃないか。
何を待ってるかって?
そろそろ時間だ。

空は黄金に輝き、山の影が僕らを包んだ。波打つ海面は黄金を受け止め、キラキラ瞬く。極上さ。
黄金はいつしか赤に染まり、はるか向こうの海に太陽が沈んでゆく。見てみるとわかる。それはまるで、黒い海の中に光の球が飲み込まれていくような。なにか気持ちの良い音を立てているかのように、スルスルと落ちていく。僕らはザックからワインボトルを取り出して、器用に栓を抜いた。そんで、グイっと。
なかなか悪くない。これが安物じゃなくて、上物だったら僕のフィーリングはいくらか違っただろうか。
僕からボトルを奪い取って、デュトアーはワインをがぶりとひと飲み。顔の上まで持ち上げて、旨そうに赤を流し込む。そしてため息。たまんないだろうね、そりゃ。これだけのサンセットだ、上質のリオハワインもかなわないね。今度はドイツ人の親父にそいつを回す。君は何を考えているんだろう。ねぇ、デュトアー。君は言ってたね、
「旅に出た理由?頭がくるってるからさ」
旅の果てに見る、この景色は、君の心にどう映るんだい。

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海の向こうの赤い宝石は、何かに負けまいと最後の光を放つ。人々は心をすっかり奪われ、しゃべることもできやしない。サンセットを見るときは静かにするのがマナーだ、なんていってたけど、そんなの必要ないよ。だって、言葉まですっかり奪われちまうんだから。
海面スレスレで、光はついに点になり、あっという間に消え失せた。努力もむなしく、あっけないもんさ。何人かが立ち上がり、持ち物を片付けるとそそくさと宿に引き返し始めた。僕とデュトアーはそこから動けずにいた。彼らは知らないんだろう、サンセットってのは、ここからが一番美しいんだってこと。

ワインボトルが空になるまで、僕らはずっと空と海の芸術に見入っていた。空に青色がゆらり現れ、混ざり合って緑や黄色に、そしてついに紫の絵の具が足される。この瞬間、すべてが完成するのだ。あぁなんて…

「行こうか」デュトアーが口を開く。
「あぁ」
「ところで、 ワインボトルはどうする」
ドイツの親父は、絶対にそれを持ち帰れと固く僕らに言いつけていた。
「決まってんだろ、そんなの」
「へへッ、だな」
僕がにやりとすると、彼もたまらないといった顔をした。

「いくぞ」
右手でボトルを握りしめ、足場をよく確かめて、振りかぶり。彼は思いをぶちまけて、西の海にそいつを放り投げた。空中でくるくる回転し、うっすらと赤い光を受け止めながら、まるで空を滑っているかのように、なめらかに落ちてゆく。岩壁にぶつかる大西洋の波音も、ここまでは聞こえてこない。音もなく、白く砕ける。ボトルは放物線を描いて、みるみる小さくなっていく。やがて、岩陰に隠れて見えなくなった。だから、僕らはボトルがちゃんと海に落ちたかどうかわからない。ただ、それは空と海の芸術に、完璧な幕を下ろしたし、僕らの内にあふれた自由の象徴だった。

たぶん、こうだろう。重力で加速し、回転を伴って海面にたたきつけられたワインボトルはバラバラに瓦解。そんで、暗い海の底に。あの太陽さへ飲み込んだ海の底へと、理不尽に引きずり込まれていったんだ。まぁ、そんなもんだよ、実際。でも忘れないぜ。極彩の空を舞う、ワイン瓶を見ていた時の、あの憧れと、興奮に満ちた君の横顔を。
それで、十分じゃあないかな。

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