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3F/長期滞在者&more

黒い犬

長期滞在者

ガードレールに挟まれた狭い歩道を通ってゆるい坂を登る。
左側に立つ電燈を過ぎると、自分の乗る自転車の影が右側のガードレール上に突然出現し、俊敏な黒い犬のように前方に駆け出して溶ける。
坂を登りきるまでに3つある電燈が、3匹の黒犬を走らせる。
毎夜通る坂道、毎夜見るガードレールだが、わかってはいても黒い犬の出現にはぞくぞくする。
昔読んだ漫画に出てきた、攻撃用に訓練された犬は世界最強だ、なんていうセリフを思い出す。
3匹の犬に取り囲まれるところを想像する。
いくら自転車でも逃げ切れるものではない。

・・・・・・

高校生の頃、新聞配達のアルバイトをしていて、夏の早朝、とある家の玄関から飛び出してきた雑種犬に絡みつかれたことがあった。
サカリがついているようで、なぜか自転車に乗った僕の足に腰を擦りつけてくるのである。
短パンで新聞を配っていたので、犬の爪が素足に食い込んで痛くてたまらない。
新聞を配るどころではなく、犬を振り切って全力で自転車を漕ぐのだが、犬の速さには重い新聞を積んだ自転車なんかでは到底かないっこない。
何度逃げても追いつかれ、自転車で走っている僕の足に果敢に絡みついてくる。もう足は傷だらけ、血だらけだ。
犬の吠え声に気づいた飼い主があわてて出てきてくれて引き離してくれたが、犬の脚力というものを思い知った事件だった。

・・・・・・

年上の友人がいた。
彼は以前、建設会社の片隅で粗末な檻に押し込められて澱んだ目をして唸っているドーベルマンを見つけ、
「なんちゅうひどい飼い方するんや!」
とその会社に怒鳴りこんだ。
社長の道楽で買ったはいいが持て余してその檻で半ば飼い殺しになっていたらしい。
彼は奪うようにそのドーベルマンを貰い受けて帰った。
雑な飼い方をされてすっかり人間不信に陥っていたその凶暴なドーベルマンを、彼は一からしつけることにした。
時には鉄拳も振るい、逆襲されて手のひらを噛み通されるような大怪我も負いながら命がけで格闘し、時間はかかったが彼はついにその犬を手なづけた。
「その時の傷やねん」
と見せてくれた右の手のひらには、貫通した牙の跡が、歯型の縫い目でガクガクと並んでいた。
彼が体を壊したとき、誰かアルバイトでこいつの散歩をしてくれる人おらんかなぁと相談され、犬に詳しく慣れてもいる友人(動物園の飼育員)を紹介したのだが、飼育員の彼女でも「これはちょっとさすがに・・・」と辞退するほどの迫力ある犬だった。

・・・・・・

毎晩ガードレールの上を走り過ぎる黒犬のような影を見るたびに、あのドーベルマンを思い出す。
「世界最強の犬」を命がけでしつけた彼は、引っ越していつしか連絡が間遠になってしまい、知らない間に病気で亡くなったとあとから聞いた。
あのドーベルマンはどうしたのだろう。

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(この写真は文中に出てくる犬とは関係ありません。神戸三宮の街なかをリード無しで散歩してた犬。ちょっとびっくりした)

カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

直接、大きくではなくとも、関わって印象深く残る人、というのは誰しもいると思うのだけれど、その人数が多ければ多いほど、人生は物語に満ちる。

それはダイレクトな関係ではあまり必要のない、思い馳せる、ということが比較的頻繁に行われるからだろうか。

思い馳せずとも、見て知ることができる身の周りの人へはわかないかもしれない感情。

隣に居たって全てを知れるわけではないのに、物理的、そして人間関係の距離的に近くにいる相手に対して、こういった馳せるような思いの飛距離は伸びない気がする。

距離が長ければ長いほど、それは物語として生まれかわり易い気がする。

そして、こういった物語はトリガーとしての敏感さを持っている。

そんなことを思った、ある人と大きなドーベルマンの小さなお話。

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