煙草

長期滞在者

仕事の移動中に昼食を摂る時間がなかったのでコンビニエンスストアでおにぎりを買った。コンビニおにぎりといっても最近はなかなか馬鹿にできなくて、 けっこう凝ってて美味いものも多い。買ったのはゴボウと鶏肉がゴロゴロ入った鶏牛蒡飯。僕はゴボウが好きなのだ。

が、切符を買い時刻表を見てあれこれ考えながら駅のホームへのエスカレーターを上っているうちにいつの間にか手の中におにぎりがない。何のことはない、無意識のうちに歩きながら食べ終わっていただけなのであるが、好きなゴボウを味わったという愉悦の記憶がないのである。
記憶がないなら別にゴボウじゃなくてもよかった、と猛烈な喪失感に襲われる。いや、得た実感すらないのだから「喪失」感ですらない。この心の空漠をどうせよというのか。

暗澹たる気持ちで移動先に着き、缶コーヒーを買い、鞄の中からあらかじめ買っておいたブルーベリーベーグルを出す。さすがにおにぎり一つでは昼食にならない(食べた記憶もないのだからなおさらに)。しかし時間が迫っているためベーグルは撮影が終わってから食べようと決め、缶コーヒーを飲みながらスタジオのスタッフとこれからの撮影の打ち合わせをし、撮影時間を待つ。

撮影が終わった。ベーグルの袋に手を伸ばす。ない。
どうやらさっきスタッフと話しているときに無意識に食っていたらしいのである。僕は某S店のブルーベリーベーグルが好きなのに、それを味わった記憶が消失している。記憶がないなら別にブルーベリーベーグルでなくてもよかった、とまたもや猛烈な喪失感に襲われ、いや、得た実感すらないのだから「喪失」感ですらない、とつい先ほどと同じことで煩悶する。その心情は寂寥の荒野にあるぞかし!

今日はなんて日だ。忙しい最中に食べたとはいえ、二回に分けた昼食の、その二つともを味わった記憶がないのだ。
よほど疲れているのか。単に集中力が欠如しているのか。逆に食べながらしていた考えごとに没入しすぎていたのか。
・・・考えたくはないが、そこまで脳が劣化してきたというのか。

僕は十年前まで煙草を吸っていた。
今や喫煙者は非国民扱いで、値段も上がって(僕が吸っていた頃の倍近い)とてもじゃないがまた吸えといわれても経済的に無理だ。非国民扱いの部分だけ考えたなら、昨今の禁煙ファシズム的傾向には元喫煙者としてやりきれない思いなので、本当は金さえ許せば喫煙再開したいくらいなのだけれど、ない袖は振れないので意地も張れない。

十年前、どうして煙草をやめたのか思い出してみる。健康の害とか言われても、いろいろ調べたら肺癌のリスクとかその他諸々世間に流通している話はどうやら半分以上嘘っぱちに思えたし、もちろん吸って健康にはなるまいが、当時本当に煙草が好きだったので、若干の健康への害と「煙草が好き」の重さを天秤にかけて、別にやめる理由は見当たらなかったのである。

ただ、十年前と言えば、本当に仕事が忙しくなってきた頃で、馬車馬のように働いていた。まぁ今も馬車馬なんだけど、もっと馬車馬だった。

煙草は好きで吸っていたのだけれど、猛烈に忙しいときの煙草は、仕事のリズムを刻む役目は果たすものの、体が欲するから吸うのであって、美味いとかそういう部分を感じている余裕がない。これは煙草好きには逆に辛いことなのである。ゴボウ好きが味わった記憶もなく鶏牛蒡おにぎりを食べ終わっていた喪失感にも少し似た感じもあるかもしれない。下品を承知で例えるならばエロい夢を見た記憶もないのに朝起きたら夢精していた、みたいな感じか(いやいや夢精とかしませんけれども)。

煙草は百害あって一利無しなどというのは吸ったことのない人だ。そんなわけない。煙草の利というのは吸ったことのある人ならば誰でも知っている。僕は煙草のお世話になったし、十八年間吸ったことにまったく後悔などしていないが、好きだったからこそ、無意識に、うまいと感じる余裕すらなく体の欲求で消費される煙草に申し訳ない気がしたのだ。一日一箱吸ううちの半分以上がこんな消費のされかたをする。こりゃやめたほうがいいんじゃないか、と思ったのだった。自分の「煙草が好き」という部分に照らして、どうにもそれが許せないのだ。じゃあすべてを美味く吸えるように本数を減らせばいいじゃないか、と思うのも吸ったことがない人だ。残念ながらそうはいかんのである。

やめると決めたら、なんだか実にあっさりと、ほとんど苦労もなくやめられた。長年世話になった煙草と決別するのだから、せめて死ぬ思いの苦しみとか逆に味わいたかった。しかし拍子抜けするほど簡単だった。以来十年、一本も吸ってない。
吸う夢は二回ほど見たけれども。

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(2011『ライムライト・イン・トーキョー凱旋展』他より)

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あたい煙草をやめないわ、って名曲があるけれど、やめた僕がいうのも何だが、周りを見回してほんと喫煙者って少なくなったなぁと思う。
煙草の吸い方とかで記憶に残る人がいる。かっこよく煙草を吸う人といって思い出すのは女子ばかりだけど、これは僕が男性だからで、女性の記憶にはかっこよく煙草を吸う男が残るのかもしれない。
昔中津カンテGで働いていた頃、もう二十何年も前だけど、従業員もお客もタバコを吸う人が多かった。男女の区別なく、みんなよく吸っていたように思う。
お客でいつも来る若い女の子で、毎回チーズタルトとチャイを頼み、食べてる間も、食べ終わって文庫本を読む間も背筋がぴゅっと立ってて、いつも煙草がセブンスター。なんかそのたたずまいがかっこよくて、すごく覚えている。セブンスターとチーズタルト。なんかそんな名前の映画とかありそうな。
他にもかっこよいタバコ吸いの女子がいたけど、ざっくり共通しているのは、みんなセブンスターやハイライトなど、きつめの煙草を吸っていること。細いニコチンタールの低いきらきら光る紙箱に入った煙草吸ってる人とか、全然かっこだけで面白くなかった(偏見か?)。
やっぱり、セブンスター・ハイライト級を吸ってた人は、本当に煙草が好きで吸ってる人だから。そういうのがちゃんと見えるからかっこよかったんだろうな。

・・・しまった。煙草吸いたくなってきた!